狂愛メランコリー

「どういうことなの……?」

 困惑に明け暮れる。

 それまで微笑んでいた理人が、不意に表情を消す。

「こういうことだよ」

 伸びてきた彼の両手が私の首を掴んだ。

 逃げる間も抵抗する間もなく、きつく締め上げられる。

「な……に、やめ……っ」

 思うように声が出ない。息を吸えない。

 昨日の比ではないほどの力で思い切り圧迫される。

「苦しいよね。でも大丈夫、すぐに終わるから」

 彼の手を掴んでも、まったく敵わないほど力の差は歴然だった。

 これでは抵抗にもならない。

「り、ひと……」

 声は潰れたように掠れ、苦しみに呻き喘ぐことしか出来ない。

 涙が滲んだ。

 ぼやけた視界で、私を見下ろす理人の顔が見える。

 何の躊躇も罪悪感もないような、晴れやかな笑みを湛えていた。

(ああ……)

 ────やっと、思い出した。

 目の前の光景と夢の記憶が混ざり合う。

 夢の中でこうして私の首を絞めていたのは、向坂くんではなく、理人だった。

「……っ」

 ぜんぶ、思い出した。

 私は理人に殺されたんだ。

 あれは夢じゃない。現実に起きたこと────私はあのとき、必死で願った。

 “もう一度、やり直したい”。

 今度こそ、彼に殺されないように。

 ……どうして、今の今まで忘れていたんだろう。

 本当に時が戻り、やり直す機会を得られたのに、これでは結局また同じことの繰り返しだ。

(馬鹿だ、私……)

 向坂くんはずっと警告してくれていたのに。

 理人が危険だと、教えてくれていたのに。

 理人の脅威から守ろうとしてくれていたのに。

『俺は諦めねぇからな。花宮がどう思おうと』

 その言葉の意味も、今なら分かる。

 それなのに、私が何もかも忘れてしまったせいで────。

「菜乃」

 つ、と涙が伝い落ちていく。

 霞んだ視界が黒く染まっていく。

「次はもっと、うまくやるから」

 水の中に沈んでいるように、理人の声が遠くに聞こえた。

 彼の恍惚とした微笑が歪む。

 それを最後に、私の意識は途切れた。
< 14 / 116 >

この作品をシェア

pagetop