狂愛メランコリー
「どういうことなの……?」
困惑に明け暮れる。
それまで微笑んでいた理人が、不意に表情を消す。
「こういうことだよ」
伸びてきた彼の両手が私の首を掴んだ。
逃げる間も抵抗する間もなく、きつく締め上げられる。
「な……に、やめ……っ」
思うように声が出ない。息を吸えない。
昨日の比ではないほどの力で思い切り圧迫される。
「苦しいよね。でも大丈夫、すぐに終わるから」
彼の手を掴んでも、まったく敵わないほど力の差は歴然だった。
これでは抵抗にもならない。
「り、ひと……」
声は潰れたように掠れ、苦しみに呻き喘ぐことしか出来ない。
涙が滲んだ。
ぼやけた視界で、私を見下ろす理人の顔が見える。
何の躊躇も罪悪感もないような、晴れやかな笑みを湛えていた。
(ああ……)
────やっと、思い出した。
目の前の光景と夢の記憶が混ざり合う。
夢の中でこうして私の首を絞めていたのは、向坂くんではなく、理人だった。
「……っ」
ぜんぶ、思い出した。
私は理人に殺されたんだ。
あれは夢じゃない。現実に起きたこと────私はあのとき、必死で願った。
“もう一度、やり直したい”。
今度こそ、彼に殺されないように。
……どうして、今の今まで忘れていたんだろう。
本当に時が戻り、やり直す機会を得られたのに、これでは結局また同じことの繰り返しだ。
(馬鹿だ、私……)
向坂くんはずっと警告してくれていたのに。
理人が危険だと、教えてくれていたのに。
理人の脅威から守ろうとしてくれていたのに。
『俺は諦めねぇからな。花宮がどう思おうと』
その言葉の意味も、今なら分かる。
それなのに、私が何もかも忘れてしまったせいで────。
「菜乃」
つ、と涙が伝い落ちていく。
霞んだ視界が黒く染まっていく。
「次はもっと、うまくやるから」
水の中に沈んでいるように、理人の声が遠くに聞こえた。
彼の恍惚とした微笑が歪む。
それを最後に、私の意識は途切れた。