狂愛メランコリー
階段を指し示しながら言われた。
意外と抵抗感がないことに自分で驚く。
彼は何だか不思議だ。
特別愛想がいいわけでもないけれど威圧感がなくて、ぶっきらぼうながら憎めないというか。
ちょっと、何となく気持ちの部分を引かれる。
わたしは彼の数段下に腰を下ろした。
「三澄と喧嘩?」
「まさか。今日は理人に用事があるだけだよ」
「ふーん、仲いいんだな。いつも一緒にいるし」
「……理人のこと知ってるの?」
見るからに正反対のタイプだけれど、どういう繋がりがあるのだろう。
「あー、同じクラス。俺、向坂仁な」
納得すると同時に、はたと気がつく。
問題児としてよく聞く名前だ。
「おまえは?」
「あ、えっと……花宮菜乃」
「花宮ね。その反応からして俺のこと知ってそうだな」
「まあ……よくない話は結構聞いたことあるかも」
無断欠席、遅刻、サボりのみならず、「廊下の窓ガラスを割った」とか「他校生と喧嘩した」とか、どこまでが事実か分からないけれど、色々と耳にしたことがある。
できれば関わり合いになりたくない、と思っていたのに。
「悪名高い者同士、仲よくしよーぜ」
「一緒にしないでよ」
わたしは苦い表情で言いながら卵焼きを頬張る。
そんな彼と、いま普通に話していることが何だか不思議だった。
ふ、と向坂くんは笑う。
「おまえの場合はほとんど女子からの妬みだもんな。“王子”の隣も大変そうだな」
「理人の方が大変だと思う。わたし、本当にだめだめだから……」
ついうつむいてしまうと、向坂くんが口を開く。
「おまえさ、友だちいねぇだろ」
からかうような言い方だったものの、ばかにされたわけではなさそうだ。
またしてもショックを受けるけれど、本当のことだから何も言い返せない。
「……理人がいるからいいの」
「あんな胡散くさい奴が?」
思わぬ言葉だった。
わたしを揶揄するに留まらず、理人まで貶める必要がどこにあるのだろう。
む、と眉根に力が込もる。
「どうしてそんなこと言うの……?」
「別に思ったこと言っただけだけど。逆にそんだけ一緒にいて、何もおかしいと思わねぇの?」
彼の黒々とした双眸が、わたしを捉えて離さない。
言っている意味はよく分からないけれど、謗られているのは分かる。
「つか、おまえらどっちも異常。共依存っつーか……。三澄にマインドコントロールでもされてんじゃね?」