狂愛メランコリー

 私の姿を認めると、頬杖をついていた腕を膝から下ろす。

 気まずさを拭えないまま、私は踊り場で立ち止まった。

 どうやって切り出そう。まず、何て言おう。

 そうこうしているうちに、向坂くんの方が先に口を開いた。

「……昨日は悪かったな」

 弾かれたように顔を上げる。

「え……」

「俺、何も考えずに無神経なこと言った。ムカついただろ? 悪かったよ、マジで」

 まったく予想外の展開だった。

 まさか、彼の方から謝ってくれるなんて。

「私もごめん。向坂くんのこと悪く言っちゃって」

 ランチバッグの持ち手を両手で握り締め、俯きながら目を伏せる。

 緊張が再燃してきた。

「謝んなよ、お前は何も悪くねぇだろ」

「え? でも……」

「つか、あんなん悪口にも入らねぇよ。何ならもっと言っていいぞ」

 大真面目な顔で言われ、思わず込み上げた笑いがこぼれてしまう。

 思っていたのと違う。

 向坂くんって、案外怖い人じゃないんだ。

「……何だよ?」

「ううん、ごめん。仲直りってこんな感じなのかなって」

 何だか心がくすぐったい。

 春先の風を思い切り吸い込んだときと同じにおいがする。

 軽やかに階段を上り、私は昨日と同じ位置に座った。

「まぁ……。別に喧嘩でもねぇけどな」

 それでも、私にとっては初めてのことだ。

 こんなふうに誰かとぶつかったことも、それを謝って謝られることも、許して許されることも。

 理人とは絶対に衝突することなんてないから。

 それ以外に友だちと呼べる存在もいなくて、喧嘩や言い合いをするような相手もいないから。

「────なぁ。詫びに俺がなってやるよ、友だちに」
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