狂愛メランコリー
弾かれたように顔を上げる。
「え……」
「俺、何も考えずに無神経なこと言った。ムカついただろ? 悪かったよ、マジで」
まったく予想外の展開だった。
まさか、彼の方から謝ってくれるなんて。
「わたしもごめん。向坂くんのこと悪く言っちゃって」
バッグの持ち手を両手で握り締め、うつむきながら目を伏せる。
緊張が再燃してきて、身体の芯が強張った。
「謝んなよ、おまえは何も悪くねぇだろ」
「え? でも……」
「つか、あんなん悪口にも入らねぇよ。何ならもっと言っていいぞ」
大真面目な顔で言われ、思わず込み上げた笑いがこぼれてしまう。
思っていたのとちがう。
向坂くんって案外、怖い人じゃないんだ。
「……何だよ?」
「ううん、ごめん。仲直りってこんな感じなのかなって」
何だか心がくすぐったい。
軽やかに階段を上り、昨日と同じ位置に座った。
「まあ……。別に喧嘩でもねぇけどな」
それでも、わたしにとっては初めてのことだった。
こんなふうに誰かとぶつかったことも、それを謝って謝られることも、許して許されることも。
理人とは絶対に衝突することなんてないから。
「────なあ。詫びに俺がなってやるよ、友だちに」
思わぬ言葉続きだった。
驚いたまま向坂くんの瞳を見つめると、反対に彼は、ふいと逸らしてしまった。
「……何かおまえ、思ってたより面白そうだし」
ふてぶてしいのは相変わらずだったけれど、そこに悪意がないことははっきりと分かった。
涼しげな向坂くんの横顔を見上げ、小さく笑う。
「ありがとう」
純粋に嬉しかった。
わたしにとって初めての“友だち”。
これまで知らなかった感情が、心の内にじんわりとあたたかく広がっていく。
────向坂くんは、わたしに“初めて”をたくさんくれる。