狂愛メランコリー

 思わぬ言葉続きだった。

 瞠目したまま、向坂くんの瞳を見つめる。

 反対に彼は、ふいと逸らしてしまった。

「……何かお前、思ってたより面白そうだし」

 彼がふてぶてしいのは相変わらずだったが、そこに悪意がないことははっきりと分かった。

 涼しげな向坂くんの横顔を見上げ、私は小さく笑う。

「ありがとう」

 純粋に嬉しかった。

 私にとっては初めての“友だち”。

 これまで知らなかった喜びと温もりが、心の内にじんわりと広がっていく。

 ────向坂くんは、私に“初めて”をたくさんくれる。



*



「…………」

 菜乃と仁の話し声や笑い声を聞きながら、理人は不興そうに眉を寄せた。

 踊り場下の階段の壁に背を預け、腕を組む。

 菜乃の後を追ってきて正解だった。

 彼女に“友だち”なんてありえないのだから。

 理人は不興そうに目を細める。

(……向坂仁)

 彼は厄介な存在だった。

 この“繰り返す3日間”の中で、必ずと言っていいほどの確率で菜乃と出会ってしまう。

 そのたびに歯車が狂った。

 今回はそれを避けようと色々動いたが、駄目だった。結局出会ってしまった。

 ただ────今回は彼にも“前回”の記憶がないみたいだが。

(やることは変わらない)

 あの二人がいくら親しくなろうとも。

 菜乃と自分の世界にとって、邪魔な存在を排除するだけ。

 菜乃がよそ見をするなら、もう一度やり直せばいいだけ────。

(……何度でも、僕が殺してあげるから)



*



 私はクッションを抱いたまま、ベッドの上に座っていた。

 昼休みのことを思い出すと、無意識に頬が緩む。

 帰り道で理人と何を話したかも覚えていないくらい、私にとっては色濃く楽しい出来事だった。

 ────何度目かも分からない回想をする。



「三澄はどうした? 今日も用事?」

 向坂くんは購買のパンを、私は弁当を食べながら話していた。

「ううん、今日は私が断って来たの」

「マジで? あいつ、よく止めなかったな」

 心底意外そうに言う彼に苦く笑う。

「女の子だって嘘ついちゃった」

「あー、そういうことな。……にしても、過保護だな。彼氏じゃねぇなら保護者かよ」

 向坂くんは呆れたように言い、パンを齧った。

 それからすぐに「あ」というような顔をして私に向き直る。

「悪ぃ、今のは────」

「でも、仕方ないの」

 昨日のことを思ってか、すぐに悪びれた彼の言葉を遮った。

「私、本当に一人じゃ何も出来ないから……」

 理人が過保護になるのも無理ないのだ。むしろ、ありがたいことである。

 だけど彼に頼って、彼の優しい笑顔を見るたび、申し訳なさと不甲斐なさが募った。
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