狂愛メランコリー

 彼の教えてくれる、わたしの知らない“初めて”が、自分自身を信じるきっかけをくれた。

 もっと、ちゃんとしよう。
 理人の助けがなくても、何でもできるように自立しなきゃ。

 “王子”と言われる理人の隣にいても、堂々と顔を上げられるように。

 いつか彼のもとから離れても、心配させないように。

 変わることを恐れて最初から諦めていた。
 向坂くんのお陰で、目の前が晴れたような気がする。

「明日も会えるかな……」

 会いたいな。

 もっと話してみたい。
 もっと、向坂くんのことを知りたい。



     ◇



 アラームを止める。

 時間通りに起きられたと思ったのに、よく見たらスヌーズだった。

「やば……!」

 早く起きてゆっくり準備しようと思っていたのに、これではそんな余裕もない。

 急いで着替えを済ませ、朝食をとる間もないまま家を出た。

「あ、菜乃」

 ちょうど理人が門の前から顔を覗かせたところだった。

 慌てて駆け寄って息を整える。
 ばたばたしていたせいで、何だか暑く感じた。

「お、おはよ……!」

「おはよう。もしかして寝坊したの?」

「そうなの……。夜、何だか眠れなくて」

 思わず恥じらい、笑って誤魔化した。

 向坂くんのことを考えていたせいだ。
 とても理人には言えないけれど。

「どうして? 何か悩み事?」

「ううん、そういうわけじゃないよ。大丈夫」

 彼と並んで歩きながら、左手首に腕時計を巻く。

 心なしか今日は、いつもより陽射しがあたたかい。
 優しい春のにおいが風に乗って運ばれてくる。

 そのせいか、もしかしたらほかの理由も相まってか、不思議と足取りが軽やかになった。

 今日もあの階段へ行ったら、向坂くんに会えるかな?
 今度はもっと、彼の話を聞いてみたい。

「……何かご機嫌だね? いいことあった?」

「えっ? そ、そうかな」

 かぁ、と熱を帯びた頬を思わず両手で包み込む。
 心当たりはひとつしかない。

 核心めいたことを言われたわけでもないのに、なぜだか勝手に心音が加速する。

 理人には、芽生え始めたこの気持ちをすぐに見抜かれてしまいそうだ。

「……菜乃、今日は一緒に昼食べるよね?」

 確かめるように問われる。

「え、っと」
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