狂愛メランコリー
「……花宮?」
不意に向坂くんが私を呼んだ。
急に黙り込んだ私を訝しむように眉を寄せている。
「あ……、ごめん。ちょっと」
上手く誤魔化すことが出来たらよかったのに、蔓延った違和感はあまりに大きく、戸惑ってしまった。
自分で知った覚えも、誰かに聞いた記憶もないことを、私はどうして口にしたんだろう。
「何か、顔色悪ぃけど」
「え、本当……?」
思わず顔に触れようとしたものの、反射的に動きが止まる。
伸びてきた向坂くんの手が、先に私の頬に触れたのだ。
びっくりした。
瞠目したまま固まってしまう。
「熱はなさそうだな」
温もりが消える。彼はすぐに離れた。
それでも、頬には強く感触が取り残されている。
節くれ立った指や手の甲は、自分の華奢なそれとは全然違った。
男の子だ、と当たり前のことを意識する。
「…………」
その瞬間、どきどきと鼓動が加速した。直接、自分の耳に心音が聞こえてくるようだ。
比例するように頬が熱くなる。
からん、と音を立てて箸が落ちた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫!」
二重の意味で心配してくれた向坂くんは、窺うように私の目を覗き込んだ。
ぱっ、と思わず逃げるように逸らし、箸を拾ってケースにしまう。
何だかもう食べられない。胸がいっぱいで、苦しい。
急いで弁当箱を片付けた。
「私、もう行くね。また明日!」
「おい……」
困惑したような彼を残し、慌ただしく階段を駆け下りていく。
これ以上一緒にいたら、心臓が壊れてしまうかもしれない。
教室の前まで来ると、一度足を止めた。
そっと胸に手を当てる。掌に鼓動が伝わってくる。
(これ……)
今までに味わったことのない動悸と感情。
きゅ、と心を締め付けられているようで苦しいのに、不思議と嫌じゃない。
“彼”の姿が、声が、頭の中を駆ける。
……消えない。頬の温もりも。
(私────)
気付いてしまった。
初めての気持ちなのに、その正体に。
(本当に、向坂くんのこと……?)
かぁ、と一気に頬が熱を帯びた。
先ほどの比じゃない。
包み込むように両手を添えても、じん、と指が熱くなるだけで冷めない。
真っ赤に染まっているんだろうな、と自分でも分かる。
「…………」
なぜか潤んだ瞳が、動揺でゆらゆらと揺れた。
不思議と、世界のすべてが明るく見える。
「菜乃?」
不意に声をかけられた。
振り向けば、理人が立っていた。