狂愛メランコリー

「……理人」

 感情があふれてしまいそうで、指先も呼吸も震えた。

 向坂くんのくれた“初めて”は、この気持ちもそうだ。

 その正体が分かっても、やはり戸惑いは拭い切れない。

「どうかしたの」

 理人は少し硬い表情で尋ねる。

 既にあらゆることを悟っているようで、それでも拒んでいるような。

「今日、一緒に帰ろう」

「え? ……うん、もちろん」

 わざわざ言わなくても、そのつもりでいてくれたのだろう。

 理人は当然だと言わんばかりに頷いてくれた。

 私はそっと息をつき、騒がしい心臓の音を落ち着ける。

(────言おう)

 理人に、この気持ちを正直に打ち明けよう。

 私の“変わりたい”って覚悟も伝えよう。

 このままずっと隠し通すことなんて出来ないのだから。

 嘘を重ねれば、理人のことも、その優しさも、私を大事に思ってくれる気持ちも、すべてを蔑ろにしてしまう気がする。

 理人なら分かってくれるはずだ。

 私の一番そばに、ずっといてくれた理人なら。



*



 ────終焉が近づいてくる音がする。

 菜乃の隣を歩きながら、僕はその横顔を見つめた。

 彼女は柄にもなく鏡を眺めながら髪を整えている。

 桜みたいにほんのりと色付いた頬が、伏せた睫毛の落とす影が、嬉しそうに笑む唇が、僕の心を焼いていく。

 じりじりと焦げるように、熱くて嫌なにおいがする。

「……どう? “お友だち”とは」

 微笑を貼り付け、尋ねてみる。

「えっ! あ……、うん。昨日より仲良くなれた、かな」

 鏡をしまいながら、どこか照れくさそうに首を傾げる菜乃。

 一緒にいるのに、話しているのに、その瞳に映っているのは僕じゃない。

「…………」

 ────焦げていく。焦がれていく。

 黒い靄が頭や心の中に広がるにつれ、焦燥感が掻き立てられる。

「あ、あのね。理人」

 どこか緊張したように言い、菜乃が足を止めた。

「ん?」

 鈍感な振りをして、彼女を振り返る。

「私、理人には感謝してるんだ。今までずっと、駄目な私を支えてくれて」

 思わぬ話の切り出し方に困惑していると、菜乃はいつになく凜然とした表情で顔を上げた。

「でも、これからは……自分で出来ることは自分でやろうと思う。だから、朝もお昼も帰りも、もう私に合わせてくれなくて大丈夫だよ」
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