狂愛メランコリー

 静かに言われた言葉を受け止めながらも、内心惑ってしまう。

「え……」

「何かあんじゃん、映画とかゲームとかでそういうの。死んだら時間が巻き戻る、みたいな。何つったっけ? “死に戻り”?」

 私は彼の目を見た。その真剣さを測るように。

 冗談なのか本気なのか分からないけれど、いずれにしてもそれは、私にはない発想だった。

「……私が死ぬと、殺される2日前にタイムリープするってこと?」

「ああ」

「そんなのありえるの? そんな、非現実的なこと────」

 私が混乱を禁じ得ないでいる中、向坂くんは冷静な様子で段差に腰を下ろす。

「いや、分かんねぇけど。そう考えた方が色々と納得出来んじゃね?」

 予知夢ではなく、死に返るタイムリープ。

 理人に殺されたのは夢じゃなくて、私が実際にこの身で経験したこと……。

 そう解釈すれば、今日抱いた違和感の数々に、確かに合点がいくかもしれない。

 あまりにリアルだった死の瞬間。

 理人への恐怖。

 知らないはずの向坂くんを知っていたこと。

「殺されたんだ、本当に……」

 呟いた声は小さく掠れた。

 にわかには信じられない。

 この不可思議なタイムリープも、理人に殺されたという事実も。

 (────でも、どうして?)

 どうして、あの(、、)理人が私を殺すの?

 いつだって支えてくれた、 ずっと味方でいてくれた、優しい理人が、どうして?

「理由に心当たりねぇの?」

「……ない、分かんない」

 ふるふると首を左右に振った。

 “殺す”なんて、どう考えても普通じゃない。

 そんな最悪の選択をさせるようなことを、私が理人にしてしまったのだろうか。

「……ま、とりあえず今は教室戻れ」

 理人に少しでも怪しまれるとよくない。死を早めることになるかもしれない。

 そう思ってのことだろう。

 私は戸惑いと動揺を何とか抑え込み、こくりと頷いた。

「昼休みにまた来るね」

「来れんの? 三澄は?」

「理人は今日、クラス委員の集まりがあるから」

 “前回”の彼は確かにそう言っていた。

 時間が巻き戻ったのなら、今回だって同じはず。

 私は向坂くんと別れ、足早に教室へと戻った。

 彼が私の話を全面的に信じてくれたのかどうかは分からない。

 どれほど真剣に受け止め、考えてくれたのかも分からない。

 それでも、今の私が頼れるのは、向坂くんしかいない。



 ────まったく同じだった。

 担任による朝のホームルームも、授業の内容も。当てられる人も、出される問題とその答えも。

 既視感どころじゃない。

(本当に夢じゃなかったんだ)

 もしもあれが予知夢なんだとしたら、さすがに冗長だろう。

 殺される瞬間とその前後の文脈だけでなく、わざわざ2日前の時点から見せられるのは不自然だ。

(タイムリープなら……)

 2日前に巻き戻るということは、それだけの猶予があれば、結末を変えられるということだろうか。

 チャイムが鳴り、1限が終わった。

 教科書やノートを片付けていると、とん、と誰かの手が天板に載せられた。

 顔を上げると、理人がいた。
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