狂愛メランコリー

「理人……」

 未来を知ってしまった私は、彼の顔に浮かべられた柔らかい笑みの奥に覗く、黒い影を探してしまう。

 ……つい、怯えてしまう。

 私、この人に殺されるんだ。

「菜乃、大丈夫?」

「え?」

「今日は何だか様子が違うから」

 どくん、と心臓が跳ねた。

 探られているの……?

 ────怖い。分からない。

 私は緊張と恐怖を必死に押しとどめ、曖昧に笑った。

「そうかな? ちょっと疲れてるのかも」

「無理しないで、僕を頼っていいんだよ」

「……ありがとう」

 分からない。
 私、上手く笑えてる? ちゃんと話せてる?

 思い出そう。
 以前までの私なら、理人に何て言うかな。

「そうだ、今日もお昼一緒に食べられる?」

 意を決して口を開いた。

 ……大丈夫、理人は断ってくれる。

 そう思いながら尋ねるも、彼は嬉しそうに笑った。

「うん、もちろん」

(あれ……?)

 おかしい。どうして?

 今日は一緒に食べられない日のはずなのに。

 思わず戸惑っていると、きょとんとした理人が首を傾げる。

「どうかした?」

「……ううん、何でもない」

 霧消した違和感が再燃する。

 思っていたのと違う。ちぐはぐな展開になった。

 けれど、今さら私が断るのも不自然過ぎて叶わない。

 どうすることも出来ないまま、その後いつものように理人と話したが、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ると、会話はすっかり頭から抜け落ちた。



 もやもやとしたものを抱えながら授業を受け、昼休みを迎える。

 理人はどこか嬉しそうに、空いた私の前の席に座った。

「今日は遠回りして帰ろうか。駅前に出来たケーキ屋にでも寄らない?」

「……その、話」

 思わず口をついてこぼれた。

 “前回”の向坂くんと交わした会話を思い出す。

『甘いもの好きなの?』

『……まぁ、嫌いじゃねぇけど』

 その流れで、私は言った。

『そういえば、駅前に新しいケーキ屋さんが出来たって────』

 あのときは分からなかった。

 自分で知った覚えも誰かに聞いた覚えもないのに、なぜそのことを知っていたのか。

 もしかしたら……。

「その話、前にもしたことあったっけ……?」

 窺うように尋ねると、理人の瞳が揺らいだ。

 思い返すように視線を彷徨わせてから「ああ……」と苦く笑う。

「ないかも」

 本当に?
 思わず食い下がりそうになり、慌てて飲み込む。

 理人はこの“死に戻り”のことをどのくらい知っているんだろう?

 私もそのことを知ったとバレたら、まずいかもしれない。

 咄嗟にそう思った。
 彼にとって不都合なら、それだけで殺されてしまうかも……。

「そう、だよね」

 私は誤魔化すように笑う。

 理人に殺された理由が分からないため、あらゆることにびくびくしてしまう。

 私の一挙手一投足、一言一句が、彼の(たが)を外してしまうきっかけとなったかもしれないのだ。
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