狂愛メランコリー
どちらにしても、私は────。
「……っ」
今になって、また息苦しくなった。
抗っても、もがいても、まったく敵わない相手の手の中で呼吸が出来なくなっていく恐怖。
視界を黒い影が覆っていき、酸素を吸おうとしても肺が膨らまないのだ。
そのうちに遠のいていく意識は、ゆっくりと私を死へ誘う。
喉元がひりついた。
あと、何度繰り返すのだろう……?
「おい、大丈夫か」
「……う、ん。平気」
そう答えたものの、情けなくも全身が震えていた。
怖くて堪らない。
何度繰り返したって、死なんて慣れるものじゃない。
いったい、何が理人を狂わせるの?
何が世界を壊すきっかけになっているの?
「嘘つけ。どこが平気なんだよ」
そう言った向坂くんは私に向き直った。
真剣な双眸に捕まり、目を離せなくなる。
「心配すんな、お前は死なねぇ」
死に返るから、という意味だろうか。
たとえ戻ってこられるとしても、一度は死の苦痛を味わわなければならないのに。
「色々探ってみようぜ。ループについても、三澄についても」
「……うん」
「けど、なるべくあいつと二人きりになるなよ。あんまあからさまに避けるのはまずいだろーけど、気を付けろ」
やっぱり、向坂くんは優しかった。
記憶を失ってもそれは変わらない。
……私の気持ちも変わらなかった。
「諦めんなよ、花宮。抜け道は絶対ある」
こく、と頷いた。
状況が目に見えてよくなったわけではないのに、向坂くんが味方でいてくれるというだけで、少し希望が持てた。
死に戻るループだって、絶望なんかじゃない。
結末を変えるための、やり直しの機会だ。
「ありがとう、向坂くん」
そう告げると、彼はわずかに口端を持ち上げる。
“前回”と同じだ。
向坂くんは私に、勇気と自信を分けてくれる。
6限目が終わると、すぐに理人が現れた。
「帰ろう、菜乃」
「うん」
今のところ、大丈夫なはずだ。
昼休みも彼が戻って来るより先に戻れたし、失態は犯していない。
向坂くんのことも伝えていないし、言うつもりもない。
(……あれ?)
はたと思いつく。
もしや、理人の箍が外れる一因は向坂くん……?
私と出会わせないように動いていたわけだし、彼が関係している可能性はある。
理人も向坂くんも、お互いをよく思っていないのかもしれない。
「何食べる? 菜乃はやっぱり、苺?」
昇降口で靴を履き替えながら、おもむろに彼が言う。
ケーキ屋へ行く気でいるみたいだ。……どうしよう。
私は正直、出来れば理人といたくない。
死ぬとしたら2日後だろうが、自分を殺した相手と楽しく過ごしていられるほど図太くない。
その点、理人は凄いものだ。
私を殺しておいて、何事もなかったかのように平然と優しい笑顔を浮かべて。