狂愛メランコリー

「放課後か。まだ時間はあるな」

 向坂くんはスマホで時刻を確認した。

 わたしもつられるように腕時計に目をやると、8時4分を指している。
 まだ予鈴も鳴っていない。

「……いや、猶予はねぇか。結局、ほとんど何も分からずじまいだ」

「うん……。色々考えたけど、ぜんぶ憶測」

 記憶があっても、もともと知らないことは分かりようがない。

 気づかされた。
 わたしは理人と長い時間を一緒に過ごしてきたのに、彼のことを全然知らない。

「けどよ、だいたい相場は決まってんだろ」

 そう言った彼を、窺うように見やる。

「ループを抜け出すには、何かしなきゃいけねぇんだ」

「何か、って……?」

「さあな。原因が分かればそれも分かんだろうけど」

 死に返るループに陥った原因。
 もしかしたら、それも忘れているのかもしれない。

 ────そのうち、予鈴が鳴った。

 取り留めもない憶測を口にしては、不安がってしまうわたしを、彼はそのたびに励ましてくれた。

「じゃあ、また」

「ああ。できるだけ、前に殺されたときと同じ状況にならねぇようにな。俺もなるべく見張っとく」

「……ありがとう」

 その優しさを噛み締めながら、階段を下りていった。

 向坂くんは当たり前のように1限目をサボる気でいるようだ。
 逆にいつなら授業に出ているのだろう。

 彼のお陰で少し余裕を取り戻し、そんなことを考えながら踊り場にさしかかったとき、ふいに誰かの気配がした。

 向坂くんじゃない。
 彼はまだ、上にいる。

「菜乃」

 ぞく、と背筋に悪寒が走る。

「理人……!?」

 どうして?
 何で、居場所が分かったの?

 教室に姿のないわたしを捜していたのだとしても、わたしの行き先として考えつくとは思えない。

 まさか“前回”の時点から、知っていたのだろうか。
 それなら、向坂くんのことも────。

「今日も早いね、菜乃。何か用事でもあったのかな」
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