狂愛メランコリー
第9話
────4月30日。
これまでの通りなら、私が殺される日。
目を覚ました私は粛々と朝の支度を済ませ、かなり早めに家を出た。
理人に考えを読まれる可能性を考慮し、昨日のようなメッセージは送らないことにした。
もう、手段なんて選んでいられない。
“殺されるかもしれない状況”は、何がなんでも避けなければ。
「!」
昇降口に着くと、向坂くんの姿があった。
ポケットに両手を突っ込み、ふてぶてしいほど堂々と立っている。
こんなに早い時間からいるなんて、と驚いてしまう。
「向坂くん」
「よ。今んとこ無事みてぇだな」
もしかして、私を心配して早くから来てくれたのだろうか。
「……私の話、信じてくれたの?」
「じゃなきゃ一昨日の時点で付き合ってねぇよ」
ふあ、と向坂くんはあくびをする。
……嬉しかった。
不安や恐怖を塵のように吹き飛ばしてくれる彼の存在は、なんて心強いのだろう。
「三澄は?」
あの階段へと向かいながら、向坂くんが尋ねる。
「まだ来てないよ」
そのはずだけれど、念のため周囲を警戒しつつ階段を上っていった。
「大丈夫か? 昨日はだいぶ束縛されてただろ」
「あ……うん。バレちゃったんだと思う。私が“前回”を覚えてること」
朝の白い光が射し込む、例の場所へ辿り着く。
二人して段差に腰を下ろした。
「監視してるってわけか」
向坂くんは思案顔で顎に手を当てる。
滞りなく私を殺すためには、私に記憶があることが理人には不都合だ。
今の私みたいに、殺されまい、と動くから。
下手な行動に出ないよう、見張っていたいのだろう。
「……なぁ、どんなふうに殺されたんだ?」
そう問われ、私は記憶を辿った。
「帰り道だった。話してたら急に理人に腕を掴まれて、そのまま首を絞められた。突き飛ばしたら、一瞬逃れられたけど……何かで頭を殴られて」
そこから先は記憶が途切れている。
それで死んでしまったからだ。
「放課後か。まだ時間はあるな」
向坂くんはスマホで時刻を確認した。
予鈴も鳴っていない、午前8時4分。
「……いや、猶予はねぇか。結局、ほとんど何も分からず終いだ」
「うん……。色々考えたけど、ぜんぶ憶測」
記憶があっても、もともと知らないことは分かりようがない。
気付かされた。
私は理人と長い時間を一緒に過ごしてきたのに、彼のことを全然知らない。