狂愛メランコリー
そう言った理人は、金属製のパイプを手にしていた。
備品倉庫か、物置きと化している1階の階段横から持ち出したのだろう。
彼がそれを引きずりながら、一歩、二歩と歩み寄ってくる。
「ま、待って……。ちょっと待って、ちゃんと話そうよ!」
違う。“前回”とまったく違う。
こんな展開、知らない。
彼から逃れるように慎重に後ずさった。
とん、と背中が壁に当たる。すぐに追い詰められた。
下に逃げるには理人とすれ違って通り過ぎなければならない。
上に逃げれば向坂くんを巻き込んでしまうし、結局逃げ場がない。
(どうすればいいの……?)
無表情の理人が、何も言わずに近づいてくる。
「り、理人……聞いて」
「うるさい」
驚いて、思考も動きも止まってしまった。
彼のこんなに冷たく低い声は初めて聞いた。
怒っているような、失望したような、いずれにしても吐き捨てるかのごとく両断される。
「お前なんか菜乃じゃない。偽物だ!」
不意に鉄パイプを構えた理人が踏み込んだ。
思い切り振り上げられ、私に迫ってくる。
「……っ」
反射的に身を縮めて避けた。
パイプの先は私の頭上を掠め、背後にある壁にぶつかった。
踊り場の壁には全身鏡が取り付けられている。
ガシャン! と、けたたましい音を立て、鏡が叩き割られた。
恐る恐る目を開ける。
煌めく破片の舞う様子が、まるでスローモーションのように見えた。
宝石の欠片が散っているみたいだ。
そのうちのいくつかが、私の頬や手、脚に切り傷を刻んだ。
「……理人……」
心臓がばくばくと激しく拍動する。
呼吸が浅く、不規則に速くなる。
彼の目を見た。
私が映っているはずなのに、どこか遠くを見据えているような、空っぽの眼差しをしている。
そのとき、上から慌てたような足音が響いてきた。
靴底と段差の滑り止めが擦れる音がする。
「花宮!」
弾かれたように顔を上げる。
上段の方から現れた向坂くんが、私と理人、鉄パイプや割れた鏡にそれぞれ目をやった。
素早く事態を把握し、庇ってくれるように私の前に立つ。
「向坂くん……」
渇き切った喉からこぼれた声は掠れた。
その大きな背中を見上げ、何だか泣きそうになった。
「何してんだよ」
向坂くんが咎めるように理人に言う。
彼は気怠そうにため息をつき、温度のない微笑を湛えた。
「……どうせ、聞かなくても知ってるくせに」