狂愛メランコリー
第四章 綺想ノスタルジー
第10話
「いや……っ」
飛び起きた私は肩で息をしていた。
苦しい。息が出来ない。
(……違う、気のせい)
意識して深い呼吸を繰り返すと、わずかに落ち着きを取り戻すことが出来た。
早鐘を打つ鼓動に冷や汗が滲む。
震える手でスマホを見た。
液晶には“4月28日”と表示されている。
「戻ってる……」
向坂くんと話していた憶測のうち、少なくとも一つが確信に変わった。
理人に殺されるのは、夢ではなく現実だということ。
私は4月30日に殺され、死ぬと時間が巻き戻る。
彼に殺されるまでの3日間を繰り返しているのだ。
現段階では、ループの条件である“私の死”に、理人の手が加わる必要があるのかどうかは分からないままだが。
(向坂くん……)
何より心配なのは彼のことだった。
あの後、彼も理人に殺されてしまったのだろうか。
今すぐにでも会いたい。
仮に死んでしまっていたとしても、巻き戻った以上生き返っているはずだけれど、無事を直接確かめたかった。
理人にも会いたくなくて、大急ぎで支度した私は家を飛び出した。
校門を潜り、昇降口に入る。
慌てて靴を履き替えたとき、わずかにすのこが沈んだ。
「……花宮」
呼びかけられ、はっとした。
顔を上げると、神妙な面持ちの向坂くんが立っていた。
「向坂くん、今……」
彼は確かに、私の名を口にした。
“前回”と違う。私を知っている。
まさか────。
「ああ、俺……覚えてる。お前のことも、殺されたことも」
彼自身も戸惑いを顕にしていた。
私は息を呑み、目を見張る。
今回は、私にも向坂くんにも記憶があるようだ。
「……って、おい。何の涙だよ、また」
困惑気味に彼が狼狽えた。
じわ、と滲んだそれを指先で拭い、苦く笑う。
「ごめん。……何か、ほっとして」
この3日間に関わりのある私たち以外、誰も覚えていない、巻き戻れば存在すら抹消されるような日々の記憶を共有出来ているということは、何だか凄く安心出来た。
一人じゃない。
それを強く実感する。
「あー、くそ。頭痛ぇ……気がする」
向坂くんは険しい顔で頭を抱えた。
「あいつ、思い切り殴りやがって」
「もしかして、向坂くんも……?」
「ああ、殺された」
私が息絶える中、理人は彼まで手にかけていたようだ。
ループの発動には関係のない、向坂くんまで殺すなんて────。
“前回”の理人は、正気を失っていたように見えた。
結局、何が彼を豹変させたのか分からないまま、また今日に戻ってきてしまった。