狂愛メランコリー



 向坂くんと別れ、廊下を歩いていく。

 どういう意味なのかはさておき、別れ際の言葉には少しどきどきしてしまった。

「…………」

 こんな状況でも、ふとしたときに想いが募っていく。

 花びらみたいに積もっていく。

 ……こんな状況だからこそ、なのかもしれないけれど。

 教室前の廊下へ着くと、別の意味で心音が加速した。

 B組の戸枠に立ち、理人の席を見る。

 彼を囲むように人の輪が出来ていた。見慣れた光景だ。

 いつだって、彼はみんなの王子様で、灰かぶりの私とは住む世界が違う。

 なのに、どうして────。

「あ、菜乃」

 私に気付いた理人は嬉しそうに顔を上げた。

 ぱっと笑顔を咲かせ、輪から抜け出して私の元へ歩み寄ってくる。

「……理人」

 瞬間、向けられる憎々しげな視線の数々。

 嫉妬や羨望、どれも私を疎ましく思うものばかりだ。

 居竦まるように身を硬くしてしまう。

 こんなことは初めてじゃないけれど、いつも怖くていたたまれない。

「おはよう」

 優しい微笑を注ぎながら、理人が私の髪に触れた。

「お、おはよ」

 私たちの他には誰のことも意識にないような振る舞いだ。

 ……何だろう。
 いつもより少し、距離が近い気がする。

「慌ててたの? 跳ねてるよ」

 確かに今朝は余裕がなかった。

 時間にじゃなくて、精神的に。

「あ……。ちょっと、寝坊しちゃって」

 つい照れたように笑いながら、髪を押さえた。

 言ってから後悔する。

 理人は今日も迎えに来てくれたはずだ。

 下手なことを言うと追及される。嘘をついたらバレる。

 隠さなきゃならないことがある、と言っているようなものだ。

「そっか、僕も今日は菜乃にメッセージや電話するの忘れてたからな……。ごめんね」

「え? ううん、全然。珍しいね、理人が忘れるなんて」

 思わずそう言うと、理人は苦笑した。

「……そうかもね。色々(、、)あって、少し疲れてるみたい」

 そう言い、慈しむように私の頭に手を添え撫でる。

 あまりに優しくて、錯覚してしまいそうになる。

 彼の殺意や奇妙なループは幻だったのではないか、と。そんなわけがないのに。

 “昨日”の理人と、本当に同一人物なの?

「それと、ごめんね。今日は一緒にお昼食べられなさそう」

 意外だった。

 “前回”のような小細工をするつもりはないみたいだ。

「そう、なんだ。……分かった」

 何でなんだろう?

 私を殺す彼の様子を見ていたら、否が応でも阻んできそうなものなのに。

 常に監視し続けてもおかしくないのに。
< 52 / 116 >

この作品をシェア

pagetop