狂愛メランコリー
向坂くんと別れ、廊下を歩いていく。
どういう意味なのかはさておき、別れ際の言葉には少しどきどきしてしまった。
「…………」
こんな状況でも、ふとしたときに想いが募っていく。
花びらみたいに積もっていく。
……こんな状況だからこそ、なのかもしれないけれど。
教室前の廊下へ着くと、別の意味で心音が加速した。
B組の戸枠に立ち、理人の席を見る。
彼を囲むように人の輪が出来ていた。見慣れた光景だ。
いつだって、彼はみんなの王子様で、灰かぶりの私とは住む世界が違う。
なのに、どうして────。
「あ、菜乃」
私に気付いた理人は嬉しそうに顔を上げた。
ぱっと笑顔を咲かせ、輪から抜け出して私の元へ歩み寄ってくる。
「……理人」
瞬間、向けられる憎々しげな視線の数々。
嫉妬や羨望、どれも私を疎ましく思うものばかりだ。
居竦まるように身を硬くしてしまう。
こんなことは初めてじゃないけれど、いつも怖くていたたまれない。
「おはよう」
優しい微笑を注ぎながら、理人が私の髪に触れた。
「お、おはよ」
私たちの他には誰のことも意識にないような振る舞いだ。
……何だろう。
いつもより少し、距離が近い気がする。
「慌ててたの? 跳ねてるよ」
確かに今朝は余裕がなかった。
時間にじゃなくて、精神的に。
「あ……。ちょっと、寝坊しちゃって」
つい照れたように笑いながら、髪を押さえた。
言ってから後悔する。
理人は今日も迎えに来てくれたはずだ。
下手なことを言うと追及される。嘘をついたらバレる。
隠さなきゃならないことがある、と言っているようなものだ。
「そっか、僕も今日は菜乃にメッセージや電話するの忘れてたからな……。ごめんね」
「え? ううん、全然。珍しいね、理人が忘れるなんて」
思わずそう言うと、理人は苦笑した。
「……そうかもね。色々あって、少し疲れてるみたい」
そう言い、慈しむように私の頭に手を添え撫でる。
あまりに優しくて、錯覚してしまいそうになる。
彼の殺意や奇妙なループは幻だったのではないか、と。そんなわけがないのに。
“昨日”の理人と、本当に同一人物なの?
「それと、ごめんね。今日は一緒にお昼食べられなさそう」
意外だった。
“前回”のような小細工をするつもりはないみたいだ。
「そう、なんだ。……分かった」
何でなんだろう?
私を殺す彼の様子を見ていたら、否が応でも阻んできそうなものなのに。
常に監視し続けてもおかしくないのに。