狂愛メランコリー



 ────初めて出会ったのは、小学校に上がった頃だったっけ……?

 ちょうど今みたいに、理人は隣のクラスの人気者だった。

 だんだんとその人気や名声は隣のクラスだけに収まらなくなっていったのだけれど。

 幼いながら、みんな彼の魅力に気が付いていた。

 その整った顔立ちは当時から人目を引いたし、子どもっぽさが全然なくて、性格も大人びたものだった。

 女の子にも男の子にも紳士的で優しくて、勉強も運動も得意としていた。

 完璧なのは、当時から変わらない。

 そのときも誰かが言っていたのを覚えている。
 “童話の中の王子様みたい”って。

 最初は私も彼と接点なんてなくて、たまに廊下ですれ違えば勝手に見つめていたくらいだ。

 もちろん恋心なんかじゃなくて、どちらかと言えば“憧れ”に近かったと思う。

 というか、純粋な興味だ。

 いつもみんなに囲まれて穏やかに微笑んでいる王子様は、いったいどんな人なんだろう?



 そんな彼と親しくなるきっかけは、思わぬところで訪れた。

 放課後、花壇に水やりをする理人を見かけたのだ。

 珍しく取り巻きもいなくて、私はつい校門へ向かう足を止めてしまった。

「……お花、すきなの?」

 花壇を彩る花々を眺める理人の横顔があまりにも綺麗で、気付いたら声をかけていた。

 幻想的で、寂しそうに見えた。

「君、は……」

 突然のことに戸惑ったように、彼は瞠目して振り向いた。

 私はランドセルを背負い直し、理人に歩み寄る。

 ……今の私じゃ考えられない。

 そのときの私の方がずっと、強くて行動的だったなぁと思う。

「いいにおい。このお花、なんていうの?」

「スイートピー、かな」

 理人が答えると、白や淡いピンクの花が風に揺れた。

 そうなんだ、なんて答えながら屈んだ私は、咲き誇る他の花々も眺めながら深く息を吸う。どれも綺麗。

 それでも、ふんわりと優しくて甘い香りを放つスイートピーに一番惹かれた。

「わたし、スイートピーが一番すき」

 浅薄(せんぱく)な上に大したことなんて言っていないのに、理人はなぜかとても嬉しそうな顔をした。

 綻ばせた表情は無邪気で、いつも見せるような大人びた笑顔とは違っていた。

 私の隣に屈んだ理人は「ぼくも」と言う。

「ぼくも、この花がすきなんだ」

 先ほどとは一転、そう言う割にどこか儚げな微笑みだった。

「きれい……」

 思わず呟く。

 私は理人の横顔から目を逸らせなくなった。

「でしょ? このスイートピーは────」

「ちがう。理人くんが、きれい」

 口をついて言葉が勝手にこぼれた。

 理人はとても驚いた顔をして、戸惑うように私を眺めていた。
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