狂愛メランコリー
色白で色素の薄い彼の瞳は、傾いた太陽の光でさらに淡く染まっていた。
陽射しで茶色く透けたように見える髪も、何だか珍しくてじっと見つめてしまった。
「……あ、えっと。ごめんなさい!」
はっとして慌てて立ち上がる。
「いやだよね、“きれい”なんて」
王子様である理人は“かっこいい”と評されることに慣れているだろうし、それを望んでいるはずだ。
幼心に彼の感情の機微を肌で感じ取り、取り繕って謝った。
けれど、違っていた。
「……ううん。うれしいよ、すごく」
彼ははにかむように笑う。
理人が動揺したのは、私が失言したわけじゃなかったみたいだ。
「ねぇ、名前なんていうの?」
「……はなみやなの」
白色のスイートピーを一輪摘んだ理人が立ち上がり、すっとこちらに手を伸ばした。
私の髪に挿された花が、風に揺られ甘く香る。
「なのちゃん。かわいい名前」
理人は嬉しそうに笑った。
きらきらと光の粒が散っていそうなくらい、眩しくて優しい笑顔だった。
────それから、私たちはよく話をするようになった。
時に放課後の花壇の前で。時にすれ違った廊下で。
いつしか親同士も仲良くなって、それぞれの家で遊ぶこともあった。
そのときは決まって“大きくなったら結婚”なんてはしゃがれていたっけ……。
結婚の意味も漠然としか知らない私が戸惑うのを他所に、理人まで「なのちゃんはぼくのおよめさん」なんて、きらきらの笑顔で言っていた。
中学校に上がってからも、変わらずそんな関係が続いた。
彼が“王子”と呼ばれ、たくさんの女の子に囲まれたり言い寄られたりすることも相変わらずだったけれど、小学校時代より多くなっていった。
放課後に呼び出されることも、下駄箱に手紙が入っていることも、珍しいことじゃなかった。
……だけど。
「おはよう、菜乃」
「理人。おはよう」
彼はいつでも、私を邪険に扱ったりなおざりにしたりすることはなかった。
いつだったか、一度一緒に帰ったのをきっかけに、登下校をともにするようになった。
……私にはずっと、不思議だった。
女の子なんてよりどりみどりであるはずの理人が、たった一人の“特別”な存在も作らず、ただの幼馴染みでしかない私のそばにいてくれることが。
私にとっても嬉しいことではあった。
理人の笑顔を見ていると、何年も前の甘い香りが蘇るような気がして。
────けれど、学年が上がるにつれ、周囲の風当たりが強くなっていった。
理人を想う女の子たちは、私という存在を許さなかった。
お荷物だ、負担だ、身の程知らずだ、と散々な言われようで、果てについたあだ名は“灰かぶり姫”だった。
もちろん褒め言葉なんかじゃない。
魔法にかかれずに泣き寝入りするしかない世界線の灰かぶり姫だ。住む世界が違う、という意味でしかない。
彼女たちの嫌がらせが大事になるようなことはなかったけれど、陰口は当たり前となり、私はだんだん孤立していった。
……だからかな?
私はどんどん自分に自信をなくしていった。
周囲に否定され、私自身も自らを嫌悪した。
周りからどんどん人がいなくなって、ひとりぼっちになったけれど、理人だけは変わらず私と接してくれた。
優しく微笑んでくれた。
菜乃、と呼んでくれた。
彼のお陰で、本当の意味でひとりぼっちになることはなかった。