狂愛メランコリー

第3話 ノイズ


「いや、ぁ……っ!」

 全身が鈍痛(どんつう)(うず)いて飛び起きた。
 身体がちぎれるように、潰されるように痛い。

 ため息をついて頭を抱える。
 痛いのは、記憶が見せる錯覚。気のせいだ。

「……覚えてる。よかった」

 ────“昨日”、あれから無我夢中で理人から逃げたけれど、踏切に飛び込んでしまったわたしは電車に()ねられて死んだ。

『菜乃!』

 追ってきた理人の焦ったような声と、けたたましい警報音。
 我に返ったときには頭が真っ白になって動けなかった。

(向坂くん……)

 メッセージアプリを立ち上げるも、友だちとして登録しているアカウント一覧の中に、彼の名前はない。

(あ……そっか)

 巻き戻ったから、消えてしまったのだ。

 ────ひとつの憶測が事実に変わる。

 理人に直接手を下されなくても、わたしが死にさえすれば時間は巻き戻るのだ。

 ループのトリガーは、わたしの死。

 急いで支度を整えると、腕時計を巻きながら家を飛び出す。

 無性に、向坂くんに会いたい。

 これ以上は、ひとりで考えたくない。
 何だか心細くてたまらない。



 昇降口で靴を履き替え、あたりを見回してみるけれど彼の姿はない。

 わたしは階段を上っていき、いつもの場所で待っていることにした。

 しばらくして、ひとつの足音が近づいてくる。

「おまえは────」

 最後の踊り場で足を止めた向坂くんが、上段にいるわたしを認めて目を見張る。

「向坂くん。わたしのこと覚えてる……?」

 緊張しながら返答を待っていると、やがて静かに彼は言う。

「……いや」

 悲しいけれど、以前ほどの落胆はなかった。

 今朝、昇降口に姿がなかった時点で何となく察していた。

「でも、何か見たことあるな。あ、三澄の彼女だ?」

 階段を上りながら言い、腰を下ろした向坂くんは言葉を繋ぐ。

「ん? さっき、覚えてるかって聞いたか? ……俺らって知り合いだったっけ?」

 眉を寄せる彼の隣に、そっと座り直した。

「……わたし、花宮菜乃。理人とは幼なじみだけど、彼女じゃないよ」

 堂々として意思の強そうな黒い瞳を覗き込みながら、懸命に紡ぐ。

「向坂くん。わたしの話、聞いてくれないかな……?」
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