狂愛メランコリー
第五章 ノイズ
第13話
「いや、ぁ……っ!」
全身が鈍痛で疼いた。
身体がちぎれるように、潰されるように痛い。
「…………」
ため息をつき、頭を抱える。
……痛いのは、記憶が見せる錯覚。気のせいだ。
私は、はたと顔を上げた。
「……覚えてる。よかった」
ひどく疲弊し、憔悴していたが、記憶を失わなかったことだけが唯一喜ばしい事実だった。
真っ先に、向坂くんのことが脳裏を過ぎった。
スマホを手に取り、メッセージアプリを立ち上げる。
友だちとして登録しているアカウント一覧の中に、彼の名前はなかった。
(あ……そっか)
ロック画面を確かめる。日付は4月28日。
巻き戻ったから、消えてしまったのだ。
(戻った……)
────一つの憶測が事実に変わる。
“昨日”、私は電車に撥ねられて死んだ。
理人に直接手を下されなくても、私が死にさえすれば時間は巻き戻るのだ。
ループのトリガーは、私の死。
そこまで考え、私はベッドから下りた。
急いで支度を整え、理人が来る前に家を飛び出す。
無性に、向坂くんに会いたい。
これ以上は、一人で考えたくない。
何だか心細くてたまらない。怖くて仕方がない。
昇降口で靴を履き替え、辺りを見回した。
向坂くんの姿はない。
私は階段を上っていき、いつもの場所で彼を待っていることにした。
午前8時10分、一つの足音が階段を上ってくる。
段差に腰を下ろし、抱えた膝に突っ伏していた私は、はっとして立ち上がった。
「お前は────」
最後の踊り場で足を止めた向坂くんが、上段にいる私を見上げ、やや瞠目する。
「向坂くん。私のこと覚えてる……?」
心臓がどきどきした。彼の返答に緊張していた。
やがて、静かに彼は言う。
「……いや」
私の目を真っ直ぐ見つめたまま、向坂くんが短く答えた。
悲しいけれど、以前ほどの落胆はなかった。
今朝、昇降口に姿がなかった時点で、何となく察していたのかもしれない。
「でも、何か見たことあるな。あ、三澄の彼女だ?」
階段を上りながら言い、どさりと腰を下ろす向坂くん。
彼は続けた。
「ん? さっき、覚えてるかって聞いたか? ……俺らって知り合いだったっけ?」
不思議そうな顔で眉を寄せ、首を傾げる。
私はそっと、彼の隣に座った。
「……私、花宮菜乃。理人とは幼なじみだけど、彼女じゃないよ」
向坂くんの目を見据えて告げる。
堂々としていて意思の強そうな黒い瞳が、私の双眸を捉えている。
「向坂くん。私の話、聞いてくれない……?」