狂愛メランコリー
私は記憶のある限りである、3回分のループについて掻い摘んで話した。
突拍子もない話に戸惑ったり驚いたりしつつも、向坂くんは否定することなくちゃんと聞いてくれた。
険しい表情で、ぽつりと呟く。
「俺も殺されてんのか」
今の彼が知らない世界線での出来事だ。
信じ難いはずだが、神妙な面持ちで立ち上がり、手すりから下を覗く。
踊り場の鏡を見ているのだろう。
“前々回”、私と向坂くんが殺された場所だ。
「そんで巻き戻ったそのときは、俺もぜんぶ覚えてたんだな」
「……そう」
こくりと頷くと、彼が元の位置に戻ってくる。
思案するように「んー」と唸る。
「記憶の法則ねぇ……」
顎に手を当てた向坂くんは「あ」と閃いたように声を上げる。
「タイミングとか?」
「?」
「花宮が死んだら巻き戻るんだろ? だったら、お前が死ぬのと同時に死んだ奴は記憶を失わない、とかさ」
ないとは言い切れない可能性だった。
私が覚えている限りでは向坂くんが記憶を保てたのは1回きりだったけれど、そのときは確かに同じタイミングで死んだ。
それ以前にもループしたことがあるのなら、そのときはどうだったのだろう……?
向坂くんだけが覚えていて私は忘れてしまった、というパターンもあったかもしれない。
それがあったのなら、今の説は破綻する。
「…………」
私は精一杯頭を捻り、記憶を呼び起こそうとした。
殺されて忘れてしまった過去の私は、もっと色々なことを掴めていたかもしれないのだ。
あるいは、今なら分かるようなヒントを得ていたかもしれない。……けれど。
(駄目だ……)
まったくもって思い出せない。
“前回”みたいなデジャヴを味わうことがあったり、この3日間より過去の出来事なら難なく思い出せたりするのに。
「俺が試してみようか?」
彼の呈示した仮説を確かめるために私と同じタイミングで死ぬ、という意味だろう。
「何言ってるの! 絶対駄目だよ!」
私は慌ててそう言った。
答えを得る上ではそれがいいのかもしれない。
でも、いくら巻き戻るとはいえ、自分の命を粗末にし過ぎだ。
「でもよ、埒明かねぇだろ。三澄だって分かってねぇんだろ? これじゃずっと憶測のままだ」
「でも……」
だからって気軽に試せるものじゃない。
私の記憶のことだって全然分からないんだ。
次に巻き戻ったときには、私もすべて忘れているかもしれない。
向坂くんのことも、理人の危険性も、覚えていられる保証はどこにもない。
……それでも、理人の方はぜんぶ覚えているかもしれない。
もう記憶の法則を掴んでいるかもしれないし。
そうなったら最悪だ。
私や向坂くんが記憶を維持することをとことん妨害してくるだろう。
何もかもが振り出しに戻る。