狂愛メランコリー

 不意に記憶が過ぎった。

 彼とともに殺されたあの日、宝石の欠片みたいに散っていた鏡。

 私も向坂くんも、鏡に触れながら死んだ。

 それ以外のときもそうだ。
 私は毎回、鏡を持っていた。

「マジかよ」

 記憶を失わずにいられる“何か”がある、と言った張本人の彼でさえ意外そうに驚いていた。

「鏡を持って死ねば、忘れない……」

 100パーセントそうだと言い切れるわけじゃない。

 けれど、試すとしたらこっちの可能性だ。

 もちろん、意図的に死ぬことはしないけれど、殺されるときに鏡を持つようにしていれば────。

 もし正解だったとしても、なぜ鏡なのか、なんて分からないけれど。

(でも、鏡って何か不可思議な力がある、みたいなこと聞いたことある……)
 
 そもそもループ自体、充分奇妙な現象だ。

 鏡のことには今さら驚かないし、合理的な理由なんてなくてもいい。

「…………」

 す、と向坂くんが立ち上がる。

 手すりにもたれかかるようにして立った。

「で? 動機は何か分かってんの?」

 彼が真剣な面持ちで尋ねる。

 それは“前回”掴むことが出来た。

「理人は、私を好きだって……」

 言わば、歪んだ恋愛感情だ。

 “昨日”の彼を思い出す。

『────それが答えだよ』

 私が、向坂くんのことが好きだということ。

 それが、理人がなぜ私を殺すのか、という問いへの答えだった。

『菜乃がいけないんだよ……?』

 あの(たぎ)るようで冷酷な瞳を思い返すと、背筋がぞくりと冷えた。

『……だって、ありえないでしょ。僕以外を好きになるなんて。そんなの、許さない』

 私の理人への“好き”と、理人の私への“好き”。

 その齟齬(そご)が、方向性や種類の違いが、私たちの歯車を狂わせたんだ。

 理人の中では、私はとっくに“幼馴染み”なんかじゃなくなってた。

(でも、じゃあ────)

 彼の想いに応えれば、殺されずに済むのかな。

 だけど、そうしたら、私の心はどうなるの……?

 行く宛てもなく彷徨った想いを、どこに追いやって理人と接すればいいの?

 私の理人への気持ちは、どうしたって恋心には昇華しないのに。

「……別に、いいんじゃね」

 不意に向坂くんが投げやりに言った。

 他所を向いていた顔を正面に戻し、私を見下ろす。

「え……」

「それで殺されずに済むなら、付き合えば?」
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