狂愛メランコリー
今までの彼からは想像もつかないような冷たい言葉と態度だった。
信じられない気持ちでその双眸を凝視する。
「あいつなら大事にしてくれんだろ。みんな言ってんじゃん、優しい“王子サマ”って」
何よりもまずショックを受けた。
心の中に落ちたインクが、じわ、と黒い染みを作っていく。
ここまでの話を踏まえても、なぜそんなことが言えるのだろう。
それ以前に────向坂くんにだけは、そんなこと言われたくなかった。
思わず弱々しく立ち上がり、縋るような眼差しを向ける。
「何でそんなこと言うの……? 前は────」
「前なんて俺、知らねぇし」
突き放された。完全に。
急に、どうしてだろう。
つい先ほどまで、親身になって話を聞いてくれていたのに。
「……っ」
つい歪めた顔を髪で隠すように俯き、私は階段を駆け下りていった。
……何かが気に障ったのかな。
向坂くんのことまで分からなくなりそうだ。
傷ついた心に不安が充満して、押し潰されそうになる。
優しくて、私に自信と勇気をくれる向坂くんは、この状況に陥ってから唯一頼れる存在のはずだった。
でも、もうそれすら失ってしまったような気がする。
悲しんだり腹を立てたりする気力も湧かない。
とてつもない孤独感に、飲み込まれていく。
*
菜乃の足音が消えると、仁は階段を下りた。
鏡のある踊り場で足を止め、潜む人影に声をかける。
「……これで満足か?」
壁を背に立っていた理人は、ゆったりと微笑んで首を傾げた。
「何の話?」
余裕を崩さなかったが、内心の苛立ちが垣間見えた。
話を聞かれていたかもしれない。
仁は焦ったが、表には出さないよう努める。
ここに来た時点で、少なくとも菜乃に記憶があることはバレているだろう。
「……お前の本性には吐き気がする」
エゴを優先し、自分の理想のためだけに菜乃を殺害しているという事実。
彼女を独占するために、あえて孤立するよう仕向けている汚さ。
以前、見たことがあった。
わざわざ人前で必要以上に菜乃に構うところ。
……そのため、恋人だと思ったわけだが。
反感を抱いた女子たちが彼女を目の敵にしていることも知っている。
(だから、友だちいねぇんだろ?)
だから、ひとりぼっちなのだ。
菜乃が人間関係を構築していくことを理人が妨害し、独りになるよう仕向けているから。
孤独な彼女に、自分だけが寄り添っていたいのだろう。
そうすることで、菜乃を自分に依存させているわけだ。