狂愛メランコリー

 驚いてしまう。
 今回の彼は意外なことにストレートだった。

 まったく怖くない、と言えば嘘になるけれど、いまはそれほど抵抗感がない。

「……怖いよ、ちょっとだけね」

 そう苦笑すると、理人は少し驚いたように、あるいは気圧(けお)されたように目を見張った。

「でも、それ以上に知りたいの。理人のこと、もっとちゃんと」

「僕のこと……?」

「うん、そう。長いこと一緒に過ごしてきたけど、まだ知らないことがいっぱいあるなぁって気づいて」

 それは、理人に殺されるたびに思っていたことだった。

 いつも最期に、わたしの知らない顔をする彼。
 そこに含まれていたのは、わたしの知らない彼の想い。

 だからこそ今回は、そのすべてを知ってから殺されたいと思うのだ。

「じゃあさ……明日、僕の家においでよ」

 どきりとした。さすがに怯んでしまう。

 “明日”と指定したことにも、逃げ場のない理人の家という場所にも。
 萎んでいたはずの恐怖心がじわじわと膨らんでいく。

 怖い。けれど、知りたい。
 知らなくちゃいけない。逃げたくない。

「……いいの? 行きたい」

 そう答えると、彼は穏やかに微笑んだ。

「よかった、じゃあ明日の放課後だね。楽しみだな」

 理人の家なんて、いつ以来だろう。
 小学4年生のときが最後だっただろうか。

 何だか懐かしくなって、ふと尋ねる。

「伯母さん、元気?」

「元気だよ。でも、仕事があるから明日は会えないと思うけど」

「そっか……。残念、久しぶりに会いたかったなぁ」

「伝えておくよ。きっと喜ぶ」

 そう言う理人も嬉しそうに笑った。
 伯母さんとの仲は、昔から変わらないみたいだ。

『菜乃ちゃん、いらっしゃい』

 彼の母親代わりとなった伯母さんは、遊びにいくといつもそんなふうに笑顔で迎えてくれた。

 明るくて華やかな雰囲気ながら親しみやすくて、優しくて、少しだけ強引な人だった。

『今日もかわいいわね。大きくなったら理人と結婚で決まり! ね?』

 わたしのこともとても大事に扱ってくれたけれど、口を開けばそう言っていた気がする。
 甘酸っぱい思い出に思わず苦笑した。

 会えないのは残念だけれど、わたしが殺される凄惨(せいさん)な現場に居合わせないで済むのなら、その方がいい。
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