狂愛メランコリー
部屋のカーテンを閉める。窓の外はとっぷりと夜に浸かっている。
ベッドに腰を下ろし、クッションを抱えた。
手にした折りたたみ式の鏡を見つめる。
────今日は一度も、あの場所へは赴かなかった。
登下校はもちろん、休み時間も昼休みも理人と一緒にいるようにした。
なるべく向坂くんのことを頭から追い出して、理人とのことに集中しようと思った。
それで、改めて感じた。
……理人は優しい。
『ついてるよ、ここ』
一緒に昼食をとった昼休み、そう笑いながら彼は私の唇の端を指先で拭ってくれた。
靴を履き替えるときには、当たり前のように手を差し伸べて貸してくれる。
道を歩くときには、必ず外側を歩いてくれる。
本当に優しかった。
いつだってそうなのだけれど、その優しさは私が幼なじみだからだと思っていた。
でも、その気持ちを知ってから接して、改めて気が付いたのだ。
(私、凄く理人に大事にされてた)
────女の子として。
まったく気付いていなかった。
自分が卑屈になっていただけで、私は理人の“お姫様”になれていたんだ。
『菜乃』
彼はよく、慈しむように私の名を呼ぶ。
『なのちゃん。かわいい名前』
……そう言ってくれたあのときから、もしかしたら鐘は鳴っていたのかもしれない。
今までずっと取りこぼしてきた“好き”の欠片を、一つ一つ丁寧に拾い上げたいと思った。
たとえ、応えられなくても。
私にとっても理人は大切な存在だから、ちゃんと向き合いたいんだ。
「…………」
私は立ち上がり、クローゼットに寄る。
ハンガーにかけたブレザーを取り出すと、そのポケットに鏡をそっとしまっておいた。