狂愛メランコリー

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「え……?」

「この世界を終わらせるんだ」

 理人は嬉々として、再びカウンターの向こうへ回った。

 林檎のそばに置いていた包丁を手に取り、こちら側へ戻ってくる。

「ちょっと、待って」

「分かってるよ、菜乃。菜乃は僕の想いに応えられないんでしょ? あいつが好きだから」

 足がすくむ。心臓が嫌なふうに収縮している。

 強張った頬から血の気が引いていくのが分かる。

「今回の君はいい子だったね。僕に嘘をつかなかった」

「理人……」

「でも、僕に何されたか覚えていながら、ここへのこのこついて来たんでしょ?」

 彼が包丁の刃を指先でなぞった。

「諦めたってこと? それとも、僕に殺されることを望んでるの?」

「そんなわけない……!」

「へぇ、そう。じゃあどうして?」

 理人は首を傾げる。

 色も温度もないその瞳を見るのは、何度目だろう。

「……ここへ来れば、私の知らない理人のことが分かると思って」

「ああ、それ口実じゃなかったんだ?」

 彼は冷たくせせら笑う。

「……それと」

 俯いてしまうと、なかなか言葉が続かない。

 期待した私が馬鹿だった。

 ちゃんと話せば分かって貰えるかも、って。本心を私の口から告げれば伝わるかも、って。

 私の理人に対する気持ち。向坂くんへの想い。

 理人に頼らず“頑張りたい”って覚悟。

「理人に分かって欲しかった」

 じわ、と涙が滲んだ。

 今の理人に届くはずがないのに。

「……分かってないのは菜乃の方だよ」

 短い沈黙を彼が破った。

 不興そうに低めた声が私の鼓膜を揺らす。

(私が、分かってない?)

「そうでしょ? 菜乃は僕のものなんだから」

「何を……」

「僕さえいれば充分なのに、何で分かってくれないかなぁ。どうしてあいつを選ぶの? どうして、僕を好きになってくれないの?」

 彼は責めるように言い、眉頭に力を込めた。

「いつも。いつも……いつもいつもいつも!」

 すっかり気圧された私の瞳は、きっと不安定に揺らいでいると思う。

 落ち着かない呼吸が震えた。

「こんなに菜乃のことが好きなのに」

 今さら怖気づいてしまい、逃げるように一歩後ずさる。

「昔からずっと、菜乃だけを見てきたんだよ。菜乃だけを想ってきた。ずっと隣にいるために、菜乃が僕だけを頼ってくれるように、色んなことをした」

 どういう意味……?

 そう尋ねることすら許してくれない。

 理人は包丁を片手に柔らかく微笑む────。
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