狂愛メランコリー

 はっとして顔を上げる。

 思考が止まり、頭痛がおさまっていく。

「あ……」

 見上げた先には、不良っぽい雰囲気の男子生徒がいた。

 黒髪と、光るピアスと、意思の強そうな真っ黒い双眸。
 今はそこに案ずるような色が滲んでいる。

(……何でだろう?)

 知らないはずなのに、何だか凄く安心する。

「向坂くん」

 ……びっくりした。

 口から勝手に言葉がこぼれた。

「お前、覚えて……?」

 彼も驚いたように狼狽していた。

 覚えて、って何を?
 彼は本当に“向坂くん”っていうの?

「わ、私……」

 戸惑いを隠せなかった。

 分からない。

 知らないはずの人を、私は何で知っているの?

「ちょっと来い」

 彼は私の返事も待たず、手首を掴んで引っ張った。

 立ち上がった私は彼に引かれるがまま歩いていく。

 すっかり混乱してしまい、わけを尋ねたり振りほどいたりする余裕もなかった。



 中庭まで来ると、ようやく足を止めてくれた。

 彼は手を離し、くるりと振り向く。

「なぁ、俺のこと覚えてんのか?」

「えっ、と……分かんない。私、あなたと知り合い……だっけ?」

 知ってるか、じゃなくて、覚えてるか、ってことは、以前に何らかの関わりがあったのだと思うけれど。

 私にはまったく思い出せない。

「じゃあ何で俺の名前知ってたんだよ」

「それは私にも分かんないの。でも、なぜか知ってて……知らないはずなのに、気になってた……ような」

 曖昧な私の答えを聞き、向坂くんは目を伏せた。

「鏡は奪われたみてぇだけど、覚えてることもあんだな。何でだ? ループを繰り返し過ぎたのか?」

 独り言かと思ったけれど、その意味不明な内容を無視することは出来なかった。

「ループって……?」

 そう尋ねると、向坂くんは顔を上げる。

 真剣な表情を湛え、私を見据えた。

「信じらんねぇと思うけど、今から言うことはマジな話だ。よく聞け」

 ただならぬ気配に圧倒される。

 つい緊張して、不安気に彼を見返した。

「お前は三澄に殺される」

 告げられた信じ難い言葉に、思わず眉を寄せた。

「え……?」

「実際もう何度も殺されてんだよ。そのたび今日に巻き戻って、死ぬまでの3日間を繰り返してる」

 わけが分からなかった。

 私が理人に殺される……?

 そんな突飛な話、信じられるはずがない。

「うそ……」

「嘘じゃねぇ。お前が忘れてるだけだ」

「じゃあ何で向坂くんは覚えてるの? そのこと知ってるの……!?」

 おもむろに彼はポケットに手を入れた。

 何かを取り出し、私に差し出す。

 恐る恐る掌を向けると、重みのある何かが載せられた。

「鏡……?」

 円形の小さな鏡だった。

 淡いピンク地に花柄といった可愛らしいデザインは、おおよそ向坂くんには似つかわしくない気がする。

 そんなことを思った瞬間、不意に頭痛が訪れた。

「……っ!」
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