狂愛メランコリー
「……あ、これありがとう」
私は向坂くんに鏡を差し出した。
「おう」
「可愛いね、それ」
思わず言うと、向坂くんは「これか」と受け取った鏡を眺めて言う。
「借りもんだけどな」
どき、と心臓が音を立てた。
「誰、の……?」
聞くかどうか一瞬迷って、勇気を出して尋ねた。
向坂くんは無愛想で口が悪いけれど、かっこいいし優しいからモテそうだし、彼女の一人くらいいるかもしれない。
改めて考えると、今までその可能性を考えずに接していたことが逆に不思議なくらいだ。
やがて、あっけらかんとして彼は答える。
「姉ちゃんの。バレたらキレられそー」
無断で持ち出したらしく、苦い表情を浮かべている。
「あ、お姉さんの……! そっか、そうなんだ。お姉さんいるんだね」
ほっとした。
────凄く、安心した。
「か、彼女さん……とかかなと思った」
「は? いねぇよ、そんなもん」
……よかった。
心底ほっとして、一気に肩から力が抜ける。
こんなときでも私は向坂くんのことが好きで、その気持ちは時を刻むにつれ膨らんだ。
高鳴る鼓動が心地よくて、苦しいのに嬉しい。
「んなことはどーでもいいから、もっかい教えてくれ」
「え、何を?」
「“前回”のこと。どうやって殺されたか」
何のためにだろう。
私は内心首を傾げつつも、理人に刺殺された“前回”の結末を再び説明した。
飛び散った血のこととか、包丁の冷たい感触とか、死ぬ瞬間の苦痛とか────。
気分が悪くなるんじゃないか、と思って省いたそんな詳細まで、彼は聞きたがった。
「……惨いな。残酷」
話し終えたとき、向坂くんが呟いた。
死を繰り返しているせいで、私は感覚が麻痺しているのだろうか。
これを話すことに対して、もう驚くほど抵抗感がない。
「でも、どうしてまたこんなこと?」
「いや、別に。……気になったことがあって」
彼は彼で、ループについて何か考察してくれているのかもしれない。
そういえば“前回”もそうだった。
記憶の法則について、向坂くんの閃きで答えに辿り着けた。