狂愛メランコリー

「気になったことって?」

「……いや、まだいい。今は」

 何だか歯切れの悪い語り口だ。

 いつもの向坂くんらしくない。

「でも────」

「いいから。それよりもう教室戻れ」

 そう言われ、はっとする。

 もう理人は戻ってきているかもしれない。

(まずい……)

 私が“前回”殺されたとき、確かに鏡を持っていたはずだった。

 前夜、ちゃんとブレザーのポケットに入れたことを覚えている。

 でも、巻き戻ってから記憶をなくした。

 記憶の秘密に気付いた理人が、死に際の私から奪ったに違いない。

 だから、理人は私に記憶がないと思っているはず。

 現に昼休み、向坂くんの鏡に触れるまではそうだった。

 今日の理人は上機嫌だった。

 それは、私が記憶をなくしたから……?

(それなら、きっとこのままぜんぶを忘れたふりをしておいた方がいいよね)

 そう思いながら、向坂くんに頷く。

「分かった」

 大丈夫だ。大事なことは思い出せた。

 あとは、殺されないようにうまくやるだけ……。

「本当にありがとう、向坂くん」

 噛み締めるように礼を告げ、踵を返した。

「……ちょっと待て」

 彼に呼び止められ、私は振り向く。

 向坂くんは手にしたスマホを掲げた。



*



「!」

 教室の戸枠から中を覗くと、理人は既に私の前の席に座っていた。

 私の机に頬杖をつくその横顔は、メランコリックな雰囲気を漂わせている。

「…………」

 私は一度深呼吸をしてから一歩踏み出した。

 気付いた彼がわずかに瞠目する。

「……菜乃。どこ行ってたの?」

「ちょっと、お手洗い」

 曖昧に笑いながら椅子に座る。

 理人の表情は、純粋に心配してくれているように見えた。

 私に記憶がないと思っているから?

 それとも、演技なのかな。

 あるいは、心配なのは私自身じゃなくて、私が向坂くんと出会っていないか、ってこと?

「そっか、何事もなかったならよかった」

「え?」

「ほら、たまに面倒な子たちいるから」

 びっくりした。

 向坂くんとのことを勘繰られたのかと思った。

 安堵しつつ、ああ、と思い至る。

 理人のことが好きで、私を目の敵にしている女の子たちのことだ。

 はたと動きを止めた。

「……知ってたの?」

 つい、食い下がってしまう。

「…………」

 理人の長い睫毛が揺れた。

 動じたように瞬き、視線を彷徨わせる。
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