狂愛メランコリー
第17話
────4月29日。
アラームより早く目が覚めた。
(……不思議)
昨日は眠くてまったく起きられる気配がなかったのに。
記憶を取り戻した身体には、染み込んでいるのかもしれない。
理人に対する防衛本能が。
「…………」
ベッドから下りた私は、支度と朝食を早めに済ませた。
部屋で鏡と向かい合い、身だしなみを整えていると、不意にスマホが着信音を響かせる。
どくん、と心臓が跳ねた。理人だ。
『おはよう、今日は起きてる?』
「あ、い、今起きた!」
どう答えるか悩んで、慌ててそう言った。
理人には記憶のことを悟られないようにしなきゃいけない。
いつもの私ならきっとこう答えるはずだ。
くす、と電話口の向こうで彼が笑った。
『分かった。いつもの時間に迎えに行くからね』
「う、うん。ありがとう」
通話を切る。
ほんの短いやり取りなのに、ひどく緊張した。
(大丈夫だよね……?)
バレてないよね?
いつも通り、手のかかる駄目駄目な私だったよね?
緊張で跳ねる心臓を抑えるように深く息をつく。
そのとき、再びスマホが鳴った。
今度はメッセージの通知音だ。
【大丈夫そうか?】
向坂くんからだった。
今度は別の意味で鼓動が速くなる。
指先がキーボードの上で彷徨う。
丁寧に言葉を選び、文字を打った。
【おはよう。大丈夫、今のところは特に何もないよ】
ただメッセージでやり取りをしているだけなのに、不思議と笑みがこぼれてしまう。
向坂くんと話していると、深刻に思い詰めなくていいから、気持ちが楽になるような気がした。
【そっか、でも気つけろよ】
【うん、ありがとう】
頬を緩ませながら画面を眺めていると、いつの間にか時間が経っていた。
「菜乃、理人くん来てくれてるわよ」
階下からお母さんに呼ばれ、はっとして立ち上がった。
急いで階段を駆け下り「行ってきます!」と玄関を飛び出す。
門の向こう側にいる理人は、ふわりと私に笑いかけた。
「そんなに慌てなくていいよ?」
「ううん、ごめん。待たせちゃって」
前髪を整えつつ、理人の隣に並ぶ。
「さては二度寝したんでしょ」
「……えへへ、ばれた?」
なんて苦く笑ったけれど、内心ほっとしていた。
二度寝したわけではなかったけれど、結果的にそう思わせ、いつもの駄目な私を演出出来たのはラッキーだった。
今のところ、理人には何ら疑われていないだろう。