狂愛メランコリー
*



 放課後になると、理人とともに昇降口へ差し掛かった。

 靴を履き替え、ふと顔を上げる。

 柱の影に向坂くんを見つけた。

「…………」

 彼は私を見据えたまま、こくりと頷いてくれた。

 何かが起こるとしたら、今からだ。

 昨日言っていたように、向坂くんは私たちを尾行して理人を見張っていてくれるのだろう。

 私も、こくりと強く頷き返した。

「ねぇ、菜乃。考えてたんだけど、甘いものでも食べに行かない?」

 理人に向き直られ、はっと視線を戻す。

「甘いもの……」

「そう、ケーキとか。駅前に新しく出来たお店、知ってる?」

 ────やっぱり。
 ……と、思ったのはなぜなのだろう。

 初めて聞いたけれど、何となく予感がしていた。

 理人がそのケーキ屋の話をすること、そこへ行きたがること。

 何だか、予知したみたいだ。

「ううん、知らなかった。行ってみたいな」

「そう? よかった、じゃあそこにしようか」

 一際優しい笑顔を向ける理人。

 本当に私、殺されるんだよね……?

 今さらそんな疑問を抱いてしまうほど、今回の彼には余裕があって、不穏な気配を微塵も感じさせない。



 バスを降りると、駅前広場に出た。

 木々や謎めいたオブジェが並ぶ中、キッチンカーが1台停まっているのに気が付く。

(前に来たときは────)

 無意識にそんなことを考え、ずき、と頭が痛くなった。

 前って、いつだろう?

 私、前にも理人とそのケーキ屋へ行ったことがあるのかな?

 だから彼が提案したとき、妙に腑に落ちたのだろうか。

「……どうかした?」

 理人が窺うような視線を寄越し、私は慌てて笑顔を湛えた。

「何でもないよ」

「ならいいんだけど。……ねぇ、何か飲まない?」

 存外すんなりと引き下がってくれた彼は、キッチンカーを指しつつ尋ねる。

 飲み物ならケーキ屋に行ってからでもあるはずなのにな、なんて思いながらも私は頷いた。

「うん、そうしよ」

 今は理人の機嫌を損ねたくないし、彼の言う通りにしていよう。

「じゃあ、菜乃はそこ座って待ってて。僕が買ってくるから」

 広場に設置されたベンチに促され、私は大人しく従った。

 鞄を置き、腰を下ろす。

 姿は見えないけれど、きっと向坂くんが近くにいるはずだ。
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