狂愛メランコリー

 人通りも多いし、まさかこんなところで殺されることもないだろう。

「ふぅ……」

 思わず息をついた。

 何とか放課後まで生き延びたけれど、結局証拠らしい証拠は掴めていない。

 時間を稼ごうと思うとやはり、理人の気に障らないように、という思考が働いて、核心に迫るようなことは口に出来なかった。

(でも、それじゃ意味ないよね)

 理人の殺意を証明しなくちゃいけないんだ。

 記憶のこととか、殺しのこととか、私が知っていることを匂わせれば、もしかしたら彼も決定的なことを口走るかもしれない。

 私はスマホを取り出し、ボイスレコーダーのアプリを立ち上げた。

 ちら、とキッチンカーの方にいる理人に目をやる。

 店主から受け取った蓋付きの紙コップを手に、踵を返したところだった。

(……やるんだ。やるしかない)

 私は録音開始のアイコンをタップする。

 逃げ続けるだけの、かりそめの平穏はおしまいだ。

 大丈夫、とまた自分に言い聞かせる。
 何度もそうして必死に冷静さを保った。

 例えば逆上した理人に手をかけられそうになったとしても、向坂くんが助けてくれるはず。

 ……そうだ。

 証拠がなくても“その瞬間”を押さえられれば、理人は捕まるだろう。

 恐れることなんてない。

 結末を変えるんだ、今度こそ。

「はい、ココアでよかったよね」

 正面に立った理人に差し出されたそれを受け取る。

「ありがとう」

 そう言うと、彼は微笑む。

 私の隣に腰を下ろした。

「理人はミルクティーでしょ?」

「え、覚えててくれたの?」

「もちろんだよ」

 私の好きなもの、理人の好きなもの────私たちはお互いによく知っている。

 ずっと一緒に過ごしてきた。

 ずっと一番近くにいた。

 だから、何でも知っている気になっていた。

 でも、思えばそれはほんの表面の一部に過ぎなかったのかもしれない。

「…………」

 こく、とココアに口をつけた。

 甘くて美味しいけれど、そんな寂しいことを考えたからか、少しだけ苦く感じる。

 ちら、とベンチに伏せたスマホを見やった。

(どう切り出そう?)

 私に記憶があることを明かし、殺した事実を問い詰める?

 それとも“前回”みたいに、彼の想いや私の気持ちについて話す……?

 無性に緊張した。
 心臓がばくばく鳴っている。

 何とか平静を装っているけれど、本当はいっぱいいっぱいだった。

 私には理人みたいな余裕なんてない。向坂くんみたいな自信もない。

 どうすればいいのか答えを出せないまま、ただ、時間だけが過ぎていった。

 他愛もない理人の話に流されながら、タイミングを計るようにココアを飲むだけ……。

 早くしなきゃ、何も得られないまま殺される。

 また、命を無駄にしてしまう。



「……菜乃」

 静かに呼びかけられ、はっと私は顔を上げる。

 理人がゆっくりとこちらを向いた。

「ごめんね」
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