狂愛メランコリー

 思わず身体を起こすと、内臓に鋭い痛みが走った。

 焼けるように熱い。ちぎれるように痛い。

 ぎゅう、とたまらず握り締めると、ブラウスに皺が寄り、リボンが潰れた。

(なんで。何で、理人が……どうして?)

 何かあったときには、確かに向坂くんに助けて貰おうと思っていた。

 私が殺される結末を、変えるために。

 ────でも、違う。

 こんなの、私が望んだ結末じゃない。

「花宮……!」

 案じてくれるような向坂くんの声を耳に、私は伏せるように地面に肘をつく。

 立ち上がれるだけの気力や体力はなく、這って理人のもとへ近づいた。

 浅い呼吸の狭間で呻き声が漏れる。

 身体が重く力が入らない。

「……り……」

 理人、と呼ぼうとしたけれど、最早声にはならなかった。

 視界は霞んでいたが、横たわった彼がまだ微弱ながら息をしているのは分かる。

(よかった……)

 青白い彼の肌を、真っ赤な血が滴り落ちていく。

 私は弱々しくペティナイフに手を伸ばした────。

(まだ、間に合う。やり直せる……)

 腕を支えに必死で身を起こす。

 震える両手でナイフの()を握り締め、切っ先を自分に向けた。

 私が死ねば、理人も助かる。

 ────でも、もし。

 ……私より先に彼が死んだら、ループはどうなるんだろう?

 はたと過ぎったその疑問に、気持ちが揺らいだ。

(もしかして、すべて終わる……?)

 ループの目的が、理人に殺されないようにすること、なんだったら。

 そもそものきっかけを作った理人がいなくなったら、終わるのかもしれない。

 繰り返す3日間から抜け出せるのかもしれない。

 じゃあ、このままでいいの?

「……っ」

 吐息が震えた。

 ぎゅ、とペティナイフを強く握り直す。

『私がずっと、理人のそばにいる』

 記憶の奥底が光った。

 どこにも咲いていないはずなのに、スイートピーが甘く香る。

『……ありがとう』

 理人の綺麗な横顔と、儚い笑顔が透き通っていく。

 私は目を閉じた。

 心の内でかぶりを振る。

(……駄目)

 やっぱり、駄目だ。こんな結末は嫌だ。

 こうなることを、理人の死を、望んでいたわけじゃない。

「…………」

 逃げちゃいけない。

 ────決めたんだ。

 理人のそばにいる、って。彼を独りにしない、って。

 そのために今度こそ、ちゃんと向き合わなきゃ。

 彼の抱く殺意に。

「花宮!」

 焦ったような向坂くんの声が響く。

 私は自分目掛けて迷わずナイフを振り上げた。

(戻って────)
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