狂愛メランコリー

 “前回”の最後、確かに理人は瀕死(ひんし)の重傷を負っていた。

 けれど、彼が力尽きるより先にわたしが自ら死んだ。

 きっとナイフで心臓を刺すまでもなく、あのままいたら毒で死んでいただろう。
 だけど、それでは間に合わなかったかもしれない。

 先に理人の命が尽きていたら“次”がある保証はなかった。

 わたしはあのとき確かに、理人を守るために自殺した。

「あ……」

 そのとき、曲がり角から彼が姿を現した。

 少し怯えたように、警戒するように、わたしを見た。
 まだ出方や態度を迷っている最中だったのかもしれない。

「理人……」

 つい、安堵の息をついてしまう。

「無事でよかった」

「…………」

 彼は何も言わず、困ったように視線を泳がせた。

「菜乃、僕は……」

 不安そうな表情を浮かべた彼の言葉の続きを待ってみたけれど、結局うつむいて首を振った。

「……ごめん、何でもない」

「そっか」

 まだ、時間はある。焦らなくていい。
 理人に話を聞く機会は再び訪れるはず。

 大人しく引き下がって彼の隣を歩いた。

「今日の昼は────」

「うん、分かってる」

「……そうだよね」

 理人は曖昧な表情で苦く笑った。
 時計を取り返したこと、もしかしたら彼にはバレていたのかもしれない。

 記憶があるから真実を知っているわたしに、いまさら誤魔化しても意味がないことを悟っている。

(やっぱり、わたしじゃ理人に敵わないな……)



 理人と別れて教室に入ると、鞄を机に置いてまたすぐに廊下へ出た。

「……花宮」

 屋上へと続く最後の踊り場にさしかかると、向坂くんの声が降ってくる。

 彼は立ち上がり、わたしのいる位置まで下りてきた。

「“昨日”はその……悪ぃ」

 眉を寄せて、しおらしく謝られる。

「おまえを守れなかったし、三澄のことも────」

「大丈夫。わたしも向坂くんに頼りきりだったし……」

 危ないときは彼が何とかしてくれる、と漠然(ばくぜん)と期待していた。
 信じきって丸投げしていたのだ。

 彼がどんな行動をとったって、あと出しでわたしが責める権利なんてない。

「おまえが目の前で死にそうになって、マジで焦ってさ。無我夢中で、気づいたときにはもう……」
< 98 / 182 >

この作品をシェア

pagetop