狂愛メランコリー
“前回”の最後、確かに理人は瀕死の重傷を負っていた。
けれど、彼が力尽きるより先にわたしが自ら死んだ。
きっとナイフで心臓を刺すまでもなく、あのままいたら毒で死んでいただろう。
だけど、それでは間に合わなかったかもしれない。
先に理人の命が尽きていたら“次”がある保証はなかった。
わたしはあのとき確かに、理人を守るために自殺した。
「あ……」
そのとき、曲がり角から彼が姿を現した。
少し怯えたように、警戒するように、わたしを見た。
まだ出方や態度を迷っている最中だったのかもしれない。
「理人……」
つい、安堵の息をついてしまう。
「無事でよかった」
「…………」
彼は何も言わず、困ったように視線を泳がせた。
「菜乃、僕は……」
不安そうな表情を浮かべた彼の言葉の続きを待ってみたけれど、結局うつむいて首を振った。
「……ごめん、何でもない」
「そっか」
まだ、時間はある。焦らなくていい。
理人に話を聞く機会は再び訪れるはず。
大人しく引き下がって彼の隣を歩いた。
「今日の昼は────」
「うん、分かってる」
「……そうだよね」
理人は曖昧な表情で苦く笑った。
時計を取り返したこと、もしかしたら彼にはバレていたのかもしれない。
記憶があるから真実を知っているわたしに、いまさら誤魔化しても意味がないことを悟っている。
(やっぱり、わたしじゃ理人に敵わないな……)
理人と別れて教室に入ると、鞄を机に置いてまたすぐに廊下へ出た。
「……花宮」
屋上へと続く最後の踊り場にさしかかると、向坂くんの声が降ってくる。
彼は立ち上がり、わたしのいる位置まで下りてきた。
「“昨日”はその……悪ぃ」
眉を寄せて、しおらしく謝られる。
「おまえを守れなかったし、三澄のことも────」
「大丈夫。わたしも向坂くんに頼りきりだったし……」
危ないときは彼が何とかしてくれる、と漠然と期待していた。
信じきって丸投げしていたのだ。
彼がどんな行動をとったって、あと出しでわたしが責める権利なんてない。
「おまえが目の前で死にそうになって、マジで焦ってさ。無我夢中で、気づいたときにはもう……」