壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜
「折ったら葉緩の匂いがわかるようになって。でも16の年が巡るまで俺も記憶なかったから。わかるようになって、すぐに葉名のこと思い出した。というわけで転校してきたんだよ」
「強引すぎです……。じゃあ葵斗くんの枝はどこに?」
「もう元に戻ってる。葵斗が生まれてすぐ、枝は木にかえされた」
ということは、折れた枝が番の木に戻り、再び根付いたというわけだ。
ただし葉緩の枝はないため、葵斗の枝がどうなっているかは見ないことには不明である。
だが葉緩の匂いがわかるということは、葉緩の枝に伸びたがっているという可能性があった。
葵斗はため息をつき、葉緩の肩に額を乗せて項垂れる。
「だから覚えてないんだよね。 俺の枝、どんな姿だったんだろ?」
「やたらと番と言っていたのは確信があったからなんですね。なんだか、ズルいです」
「私が木に戻れば、葵斗の枝はすかさず伸びるのだろうな」
「木に……戻る……」
「私が木に戻れば葵斗の匂いがわかるかもしれないぞ?」
その言葉に冷たい汗が背中を伝う。
たしかに葉緩は葵斗の匂いを知りたかった。
だがそのことは白夜が枝に戻るということを差すとようやく理解する。
――生まれたときから共に笑い、傍にいた白夜が離れるということ。
「葉緩の気持ちのままに。俺は葉緩が好いてくれるならそれだけで幸せだから」
「私は……」
「夫婦となりたい、が願いだったな。枝が絡めば咎める者はいなくなるぞ」
言葉を詰まらせる葉緩に間を詰めるようにかぶせてくる。
淡々とした様子の白夜に葉緩の感情が高ぶり、震えだす。
ギリッと唇を噛みしめて、言葉を秘めようとするも耐え切れなかった。
「なんでそんな簡単に言うのですか?」
「……葉緩?」
「白夜にとってはそんなっ――!」
――伝わらない。
葉緩と白夜は同じはずなのに、何一つ葉緩の気持ちが伝わらずに悲しくなった。
眉間にシワをよせ、焼けつく喉のまま葉緩は葵斗の腕から抜け出し走り出した。
その背を呆然と眺め、動こうとしない白夜。
首を傾げる。
「そんなに悩むことか?」
「……白夜さんは葉緩にそっくりだね」
葵斗の発言にムッとし、眉間にシワを寄せる。
「どこが似ておる? 私は葉緩ほどバカではないぞ?」
「似てるよ。 なかなか素直になってくれない辺りがとても」
つかみどころのない笑みを携えて、葵斗は走り出す。
残された白夜は風を感じながら、大きくため息をつき、手で顔を覆った。
「……阿呆が。私にどうしろと」
――その呟きは誰にも届かない。