壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜
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目を開くとそこは水の中だった。
「白夜」
「……っ! 極夜……」
声に振り返ると、そこにはよく見知った姿が立っていた。
極夜(きょくや)と呼ばれた男は間抜け顔の白夜を見てクスクスと口元に手を当て笑う。
「白夜は相変わらず俺のことを物珍しそうに見るなぁ」
「いや、相変わらず鉄仮面な顔だなと」
「そう? 笑ってるつもりなんだけど」
その言葉に白夜は大きくため息をつく。
「お前は真面目だからな。ゆえに曲がり方もクセが強い。葵斗も同じだ。素直~に脱力して生きるようになりおって」
「そう願われたからそうなっただけだよ。そんなにギチギチに生きてたように見えたか?」
「……なんでもいいさ。ただ、お前は放っておけないよな」
白夜は手を伸ばし、極夜の背へと回す。
目を閉じ、白夜にだけ聞こえる音に耳を傾けた。
「どうせなら節度を持って生まれてもらいたかったね」
「大丈夫だよ。葉名を一人にした無責任をとても反省しているから」
「……なら良い。 桐人と柚がいなければどうなっていたかと思うと今でもゾッとするよ。子は、ただ生まれてきただけなのだから」
「愛と罪は紙一重、だね」
「……少し疲れた。このまま、眠ってもよいか?」
「ん、頑張ったね。おかえり、白夜。抱きしめててあげるから」
――あぁ、この匂い。
いや、香りと呼ぶべきか。
(人の心は、やはりわからぬな)