壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜
***


「桐哉くーん、クッキー作ったのもらってぇ!」

「葵斗くんは……やっぱいないかぁ。気づいたらいないよねぇ」

「あ、ありがとう……」


昼休みになると桐哉のもとに女子が殺到する。

一言で言えば桐哉はモテる。

穏やかな目元に、爽やかな笑顔。

整った顔立ちだけでも素晴らしいというのに、男女隔てなくやさしい性格をしているものだから爆発的にモテていた。


「ねね、クレアの食べてみてぇ! 絶対美味しいからぁ!」

「あ、ずるい抜けがけー!」

「いや、オレは……」

「はい、あーん」


だがそれが葉緩には歯がゆい原因の一つであった。

加えて美少女で有名なクレアまでもが桐哉にぞっこんなのだから腹立たしい。

たとえ美少女でも障壁は取り除く。

主と姫の恋を死守してこそ、真の忍びだ。



(我流・風清弊絶(ふうせいへいぜつ)!)



「キャッ!? なに今の風!?」


突風が吹き、教室内がざわつくほどに動揺に満ちる。室内に吹くにしては不自然な風であった。


「あっ!? クッキーがない!」

「飛ばされたんだわ! 待ってて、探してくる!」


女子たちがこぞって教室を飛び出していき、安堵の息をつく桐哉。

してやったりと葉緩はほくそ笑んでいた。



(姫以外のクッキーを食べさせはしない)



葉緩独自の忍術・風清弊絶。

正しい意味は風習がよくなることである。


「風」が社会の習俗を差し、「弊」が悪事・害になるようなこと、「絶」は絶えると意味がある。

だがこれを葉緩は独自解釈をし、忍術に置き換えていた。


桐哉と柚姫のイチャイチャ世界に「害」となるものから死守する。

つまり恋のライバルは根絶させることが狙いであった。

これほど無茶苦茶で自分勝手な振る舞いはないだろう。


(これもお務めでございます)


「モ、モテモテですね。桐哉くん」

「……っ葉緩! ……気持ちは嬉しいけど、やっぱり本命からもらいたいよね」

「だ、大丈夫です! ちゃんともらえますよ! 桐哉くん、カッコいいんだから」

「……そんなに出来た人間じゃないけどなぁ」


苦笑いをする桐哉に首を傾げる葉緩。

常に桐哉を肯定する葉緩には桐哉の繊細な恋心がわからない。

桐哉と柚姫が結ばれるのは至極当然のことであるからだ。


柚姫の気持ちを知らない桐哉からすると、不安でたまらないことを察せなかった。
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