壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜
***

鼻歌を歌いながら能天気に廊下を歩く。

もうすぐ昼休みも終わるということから人気はない。


(そういえば秘薬って味にどれくらい影響があるのでしょう? 大体は無味無臭だけど、秘薬は誘惑のための香りが混じっているから)


ポケットに入れていたラッピングされたクッキー袋をとりだす。

中を開いて匂いを嗅いでみる。

香ばしい甘い匂いがした。


(毒の耐性はついてるし、味見程度なら問題ないか。よし、一枚だけ食べよう)


はむっと、秘薬入りのクッキーを頬張る。


「うん、美味しい。味も問題なくクッキーだ」


幼いころより毒耐性のある葉緩は気を緩めて何枚もクッキーを食べていく。


「姫はクッキーをいつ渡すのでしょうか? 無難に放課後かなぁ?」


もちろんそれをのぞき見するつもり満載である。


「まぁ、お守りしてるうちにその時がくるでしょう。教室戻って主様をしっかりと……ん?」


どこからか、とてつもなく魅惑的な匂いがした。


「はじめて嗅ぐ匂い。なんかいい匂いですねぇ」


ふらふらとした足取りで歩く。

匂いを辿り、目の前に現れた扉を開く。

消毒液などのアルコールの匂いに混じった強烈に甘い匂い。

胸をくすぐるような甘ったるさに葉緩はトロンと酔っていた。


「……ん?」


二つ並んだベッドのうち、カーテンの閉まっていた方を無意識に開いていた。

ようやくここが保健室だということを認識した葉緩は、ベッドで寝転がる葵斗を見て我に返る。



「望月くん!? 何故!?」


慌てふためいて葉緩はカーテンを握りしめる。


「大変です、退散しなくては……」

「んっ……」


(あわわわ、隠れなくては! と、とりあえず布団の中に!)


空いた隣のベッドに飛び込み、布団を被る。


(緊急忍法! 寝込んで布団に丸まる生徒に擬態!)


布団を被ると視界が真っ暗だ。

息をひそめてこの場をしのぐしかなく、葉緩は小さくなって目を固く閉じていた。
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