壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜
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流れで行き着いた静かな喫茶店。
角の席で葉緩はずっと俯き、葵斗の顔を見ようとしなかった。
抹茶パフェが運ばれてきても一向に手を伸ばそうとしない。
「葉緩、食べないの?」
「……望月くん、私は」
「葵斗。名前で呼んでよ」
微笑まれると妙に恥ずかしくなって、顔が赤くなる。
目を見ると神秘の色に飲み込まれそうになった。
「あ、葵斗くんは……どうして私を好きだと言うのですか?」
「葉緩がかわいいからだよ? いつも全力で行動してて……本当にかわいい。桐哉が軸になってるのは妬けるけど」
むしろ何の疑問だと首を傾げる葵斗にぐさりと良心が痛くなる。
葵斗を疑ってばかりの葉緩が悪者のような気持ちになり、罪悪感に襲われた。
だがいい加減、逃げてもいられない。
葵斗は葉緩の行動そのものに影響をきたしている。
今後のためにもそこはクリアにしないと先に進めないと判断し、勇気を振り絞ることにした。
睨みつける勢いで葵斗の目を見て、動揺を抑えようとしながら質問をぶつける。
「ど、どうして私が桐哉くんを軸に行動してるのがわかるのですか? だいたい、何故隠れている私に気づくのです?」
「見てればわかるよ。ずっと葉緩のこと、見てるから。場所は……匂いでわかっちゃうかな」
そこが葉緩には一番理解できない。
人一倍匂いに敏感なはずなのに、葉緩は葵斗の匂いを嗅ぐことが出来なかった。
葵斗にはわかり、葉緩にはわからない匂い。
「私は人に馴染むよう匂いを消しています。 だから鼻がよくても気づかれるはずがないのです」
「匂い消しで消せる匂いではないから。俺と葉緩、二人にしかわからない特別な匂いだ」
「……それはなんですか? 二人だけの匂いとは……そんなもの、全く聞いたことがありません」
「自然と気づくものだからね。葉緩の親もそうして結ばれたんじゃないの?」
ふと、葉緩は葵斗から目をそらし、俯く。
パフェに乗った抹茶のアイスクリームは溶けていくばかりだ。
「……そんなこと、父上も母上も話してくれたことはありません」
震える声が動揺を隠しきれない。藤の瞳がゆらゆらと揺れる。
「つまり、私とあ、葵斗くんは……そういう関係になる運命ということですか?」
その問いに葵斗はふわっと嬉しそうに、美しく微笑んだ。
「うん、そうだよ。 だから俺のこと、早く好きになって」
「少し、違和感があります。どうして私は匂いがわからないのですか?」
まるで匂いがなければ葉緩である必要性を感じない。
もし葵斗が惹かれる匂いがなければ、葵斗は葉緩を好きにならなかった?
陰る気持ちから目をそらすことが出来ない。
喉の奥に物が詰まった感覚がして、苦しかった。