壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜
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番の木が立つ草原を走る。
じゃれあうように蒼依と笑いあう日々がいとおしかった。
「蒼依くん、見てくださいな! 私、新しい忍術が出来るようになったのですよ!」
「どんなの? 見せてよ」
誇らしげに笑う葉名に、蒼依は穏やかに微笑みかける。
葉名は深呼吸をし、指を交差させた構えをとった。
「視界封じ! 花よ、舞えっ!!」
風を呼び起こし、中心から花びらがあふれ出す。
ひらひらと乱れ舞う花びらは視界を幻想へと連れていく。
花びらが草の上に落ちると、一枚つかみ取り蒼依は感嘆した。
「……キレイだな。 自分で考えたのか?」
「うん。蒼依くんをイメージしてるんですよ?」
「俺を?」
舞った花びらは青色だった。
珍しい色に溺れそうになる感覚があった。
驚く蒼依を見て、葉名は嬉しそうに無邪気に笑った。
「だってキレイでしょう? 私にとって蒼依くんは本当にキレイな人ですから」
葉名にとって蒼依は光り輝く人だった。
そんな蒼依を表現出来たらと思い、葉名は試行錯誤して独自の忍術を身に着けたのであった。
「本当は美しい海を表現したかったのですが、私は海を見たことがございませんので」
「葉名っ!!」
「きゃっ!?」
たまらず蒼依は葉名を抱きしめる。
肩に顔をうずめ、それは幸せそうに笑っていた。
「好きだ、葉名。大好きだ。絶対……絶対に夫婦となろう」
「……」
葉名もまた、蒼依の背に手を回し抱きしめ返す。
だが蒼依の言葉に返事は出来なかった。
憂いた表情をし、まつ毛をそっと伏せる。
包み込むぬくもりに喉が焼けた。
(返事の出来ぬ私は……ずるい。枝が結び付けばきっと私も……)
――素直になれるのでしょう。
そんな風に夢をみたからなのか。
身の丈にあわぬ大願を抱いた天罰なのか。
――大樹の下、16の年となった1の月。
積雪を踏みながら見上げた番の木は葉名の枝に答えを見せていた。