壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜
「望月くん?」


スッと、葉緩の横を通り過ぎ柚姫のもとへと向かう葵斗がいた。

気配もなく現れた葵斗に葉緩は息をのむ。

いつも葉緩の行動についてまわる。

気だるそうにしながらもジッと柚姫を見下ろし、葵斗は口を開いた。


「徳山さん、泣いてるの?」


葵斗の問いかけに柚姫は涙を拭い、笑って誤魔化す。


「やだ、見られてた? 恥ずかしいなぁ、忘れて」

「桐哉のことで悩んでるの?」

「……わかるの?」

「うん。見てればわかる」

「そっか」


トントンと進む二人の理解した会話に葉緩はついていけない。

決定打となる単語がほとんど入っていないからだ。


(どういうこと? 見てるって、まさか望月くんって姫に好意を抱いてるの!?)


パニックになり、思わず暴れそうになる。


(ダメダメダメー! 柚姫は主様の嫁! なんとか阻止せねば! ああ! でも今は壁だから邪魔出来ない!)


人のことを初心だと愛でるわりに、葉緩は葉緩で鈍かった。

すっかり勘違いをしたまま会話を拾っていく。


「望月くんは何も思わないの?」

「んー、思う事はあるけど大丈夫。ちゃんと証拠はつけてるから変な虫はこないよ」

「えー、それは知らなかったなぁ。 ちゃんと見てみよっと」


(な、な、望月くんはすでに姫に手を出してると!? そんなことは認めない! 姫には主様がっ──)


そこで一気に覚める。

葉緩は自分の気持ちがよくわからなくなっていた。


桐哉は魂の主、柚姫はその伴侶となるべき人。

けれども葉緩の友人でもあった。



(これは”我欲”だ。 姫の気持ちを考慮してない。 ……でも私はずっと主様の幸せを願ってて)


「ありがとう、望月くん。少し元気出た。これからも仲良くしてくれたら嬉しい!」

「うん、いいよ」


にこっと緩く微笑む葵斗に、柚姫は調子を取り戻しキラキラとした眩しい笑みを浮かべる。


「それじゃ、あたし帰るね。ちゃんとリセットして頑張らないと。望月くんもあんまり寝てばっかりだとダメだからねー」


もう涙はなかった。

凛とし、顔をあげて教室から出ていく。

それを見送ることも出来ず、葉緩は壁に隠れて俯いていた。



(……姫、帰ってしまわれた)


だが葵斗が教室に残っているため、壁から離れることが出来ない。

話してスッキリしたのだろうか?

そんなもやもやが付きまとう。

(出来れば姫には主様を好きになってほしいんだけどなぁ)

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