壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜
「ありゃ? 皆さん戻ってくる?」
そういえば今はまだ日の高く昇る時間帯であり、生徒たちは緊急で行うことになった全校集会に行っているはずだ。
つまり全校集会を終え、体育館から教室に戻ってきているということである。
葉緩は青ざめて教室を見渡す。
机や椅子が倒れたり、壊れていたりと散々な状態であった。
慌てふためく葉緩のもとへ、一匹の白蛇が近づいてくる。
ボンと煙幕を出して現れたのは白夜だ。
金色の瞳で咲千代を見下ろすと、毛先の朱い髪で風を切り、葉緩に振り返る。
「代償が跳ね返ったときに、その女が校長にかけてた術も解けたぞ」
「……何したんですか?」
「ちょ、ちょっと暗示をかけただけよ! ……生徒の安全を確保するようにって」
ぶすっとふくれっ面になり、目をそらす咲千代。
この緊急で開催された全校集会は咲千代が校長に暗示をかけて実行されたというわけだ。
校長を使い、集団行動を逆手にとったもっとも手間のかからない方法であった。
……後先を除くではあるが。
「はぁぁ……なるほど。それで緊急の全校集会だったわけですね」
「で? どうするつもりだ? 教室、めちゃくちゃだぞ」
「あわわわわっ!! どうしましょう!?」
慌てだすも時遅し。
生徒は目前に迫っていた。
都合の良い方法など思いつくはずもなく、葉緩は目を回す。
「どう考えても間に合わないです……」
「葉緩、逃げよ」
「逃げるって……わっ!?」
葵斗が葉緩の後ろに立ったかと思うと、ひょいと葉緩を抱き上げる。
そのまま勢いよく教室の窓から飛び出し、外へと出ていく。
ちゃっかりと窓枠に縄を縛っており、滑るように校舎の外へと出ていった。
「わ、私も逃げないと……」
一人残された咲千代もまた葵斗が残した縄を使い、外へと逃亡する。
ふと、元居た教室を見上げ呟く。
「あの子、誰と話してたのかしら?」
気にしている余裕もなく、さっさと学校から出ていく。
「潮時かな」
校舎の壁を伝い、のんびりと地面を這う白い蛇がその背を見送っていた。