壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜
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「ま、千夜が里に戻ったときにはもう、里はなかったというわけ。番も死んじゃったから千夜の人生は狂ったというわけ」
咲千代は蒼依の双子の姉・千夜の生まれ変わりである。
千夜はくノ一として外の任務に出ており、ほとんど村にはいなかった。
後継ぎではなかったため、外にいる主に仕えていた。
ほとんど蒼依と交流がなかったため、千夜の存在は葉名の中でも薄かった。
「今の望月家は千夜の子孫。他がどうなったかは知らないわ」
「……そうですか」
「他に何か言うことないわけ?」
咲千代の言葉に葉緩は目をそらす。
脳裏に依久や穂高の姿が過ったが、その存在も過去に生きた人だ。
葉緩が何を想おうと、どうしようもないことであった。
「狂ったのは事実ですし。ここで私が何か言って千夜さんは救われますか?」
蒼依の双子、つまり年齢も同じだった。
16の年をめぐっていたため、千夜にも番がいたということだ。
それが誰であったかは咲千代が語らない限り、不明のまま。
いずれにせよ、里が滅び咲千代の番は死んで運命は狂った。
葉緩は目を閉じ、胸にそっと手をあてた。
「ここにあなたがいるのは戒めでしょう。だから……何も言いません」
「あんたまで葵斗と同じこと言うのね」
呆れた、と言わんばかりにため息をつき、腕を組む咲千代。
相変わらず葵斗は緩んだ笑顔で葉緩の手を握っていた。
「俺は葉緩が欲しかっただけだし。俺は死んでるし、葉緩は里にいなかった」
「……葵斗くん、不真面目になりすぎでは?」
「葉緩がそう言ったんじゃん。肩の力抜けって」
「抜きすぎですっ!!」
しっかりと言質をとった葵斗に、葉緩は敗北する。
たしかに蒼依はとても真面目で、長子で常に緊張していた。
張りつめた様子の多かった姿に、よく葉名は心配しながら黙って隣で膝を抱えていた。
……ここまでゆるゆるな脱力系男子になると想像してなかったため、物は言いようだと息をついた。