Melts in your mouth
休み明けの月曜日。sucré編集部に配属されて以来初めて平野が会社を休んだ。少年誌の主人公並みの元気さだけが取り柄の男だが、まんまと風邪を引いて発熱に苦しんでいるらしい。
仕事には意外と真面目に向き合っている男だから、あいつが仕事に穴を空けるなんてよっぽどだ。何年か前に38℃の熱が出ているにも関わらず、おでこに冷えピタを貼り付けた平野がふらつきながら出社してきたことがあった。
熱で顔が赤くなっているのに最後まで仕事をやり遂げたあいつは、翌日には完治させてケロッとした様子で必殺技であるウザ絡みを披露してきた。その被害者だった当時の私は、あと一週間くらい熱でくたばってろと心で念じたのを覚えている。
そんな平野が仕事を休んだ。おかげで隣が静かだから仕事が捗って捗って仕方がないが、あいつの風邪に心当たりがあるせいで、正直平野の病状が気になっている自分がいた。
朝、あいつから『前代未聞の寒気と熱で震えてるんですけど、永琉先輩と結婚できないまま死にたくないから結婚して欲しいな🥺』という旨のメッセージを受け取った。
宇宙一ロマンチックじゃないプロポーズに、私が顔を顰めたのは言うまでもないだろう。
平野が休みという緊急事態に、髙橋編集長は床に崩れ落ちてハンカチで出てない涙を拭いて嘆いていた。
「平野君が休み…平野君の代わりに仕事できる人間なんて貧弱sucré編集部にはもういないのに平野君が休みなんて…私もこのまま早退しようかな。」
現実逃避したがりだよなこの人。毎日社内の恋愛事情の話題集めは欠かさない癖に、何なら意欲的に取り組んでる癖に、何で編集業務の話になるとこんなに頼りないんだ。
そしてあんたそんな暇あったら平野の分の仕事の割り振りしたら?…と言いたいのは山々だが、髙橋編集長の仕事における性格を熟知している私は黙って嫌だと叫ぶ己の手を静かに挙げた。
「私が……私が、平野のタスクも片付けます。」
重たい口をどうにか開けて放った一言に、髙橋編集長の2歳児でも見破れるであろう嘘泣きがぴたりと止まった。