Melts in your mouth
キーボードの存在を無視して勢いよくテーブルに突っ伏した私はしっかりと頭を抱えた。
何だ今のとてつもなく緩い自己紹介は。大学のサークルの新入部員挨拶かよ。ていうか好きなご飯の補足情報何なの、クソいらねぇなおい。幻かな?夢かな?疲れ過ぎて妖怪でも見えてんのかな?
「「「キャァアアア!」」」」
「イケメンキターー!!」
「平野君、ようこそsucré編集部へ!!!」
必死に現実逃避をするこちらを余所にデスクのあちらこちらから奴を大歓迎している先輩と上司の声が上がる。しかも心なしかいつもよりワンオクターブ声が高い気がする。ちゃんと乙女になっていやがる。
はい詰んだ。現実世界って夢も希望もないんだね。もうアンパンマンを見習って私も愛と勇気だけを友達にして生きていこうかな。来年に期待するしかないから己の心を殺してこの一年間は頑張るしかないな。新しくできた平野という後輩の存在はそっと頭の隅に追いやろう。そうしよう。
非情で受け入れがたい現実に打ちのめされながら何とか顔を上げて、下っ端の私でも任せて貰えている目の前の仕事に手を付けようとした刹那…。
「えーるちゃんっ!」
眩い笑みを浮かべて私の名前を呼んだ編集長と視線がぶつかった。私は占い師でもなければ預言者でもないが、この瞬間ばかりはこれから起こる事が私にとって最悪な物になるのだと妙な確信があった。
「な、何でしょうか…髙橋《たかはし》編集長。」
「今日から平野君の教育係お願いします。」
「え?」
「だってだって、新人のお仕事を一番分かってるのは永琉ちゃんでしょう?」
「それはそうですが。」
「私達の実力不足のせいで永琉ちゃんは同期もいなくて心細かったと思うし…。」
「いや別に…「やっと入って来た歳の近い平野君とは仲良くして欲しいなーって思ってるの!」」
「……。」
「大丈夫よ、私含めてsucré編集部メンバーは、美人な永琉ちゃんとイケメンな平野君の絡みを目の保養に頑張っちゃうんだから。」
ちょっと待ってくれ、寸分も大丈夫じゃないな。