Melts in your mouth
ものの十五分で空になった食器に、胸が擽ったくなる。ご飯すら食べられない状態だったらどうしようという懸念が杞憂に終わって心底安堵した。
解熱剤と水の入ったグラスを準備した私がリビングに戻ると、さっきからずっと頬を緩めてばかりいる男が待っていた。テメェ病人だろ、一刻も早くベッドに潜れよ。
「ちょっと。」
「ん?」
「ん?じゃない。しれっと私の肩に頭凭れさせんな。」
「痛い痛い痛い痛い。ちょっと永琉先輩酷い!病人の頭強引に押さないで下さいよ。」
「そんな暇あんなら解熱剤飲んで休め。」
「うぅ…辛辣だ…シベリア並みに冷たい…。」
「体調、大分しんどいんでしょう?あんたの担当している漫画家先生から聞いた。」
「あはは、迷惑掛けてすみません。」
「別に。迷惑被ってるとか思ってないから。」
「……。」
「何その潤んだ眼。」
「だって…だって永琉先輩が狡いこと言うから…そんな事言われたら…言われたら…余計に好きになっちゃうじゃん。」
「はぁ?」
ぐにゃり。歪んだ私の表情には、そんな効果音が当て嵌まる。それからじんわりと頬に熱が集中していく感覚を抱くまでに数十秒を要した。顔が火照っていると分かった途端に身体まで熱くなってきた。
こんなの、私らしくない。全く、私らしくない。
恥ずかしい台詞を平気で吐くこの男に照れていると覚られれば冷やかしの言葉を投げられるかもしれないと思ったが、私よりもずっとずっと分かり易く紅潮した平野の綺麗な顔を双眸が捉えた。
口許を手で覆って視線を泳がせている平野は、不自然にベッドへ上がり抜け殻みたいになっている毛布に包まって顔を隠してしまった。何でお前が発言した事なのに、お前の方が告白を受けたみたいなリアクション取ってんだよ。
平野の一挙手一投足に突っ込み処は山の如しだが、平野が私から視線を逸らしてくれた事がありがたいというのが正直な感想だった。だって、自分の心臓が耳元で鳴っているみたいに煩いから。身体の隅々にまで響かせるみたいに鼓動を刻んでいるから。
あのまま、平野が私の肩に頭を凭れさせていたら、この心臓の高鳴りを聴かれてしまっていた自信しかない。だから今だけは、一人で乙女劇場を繰り広げているあいつに感謝せざるを得ない。