Melts in your mouth
無言の時が数分流れた。私の推測が正しければ、お互い熱くなった身体を落ち着かせるのに必死だったのだろう。そうであって欲しい。私だけドキドキしてたとしたら最高に癪だ。
「…永琉先輩、もう帰りますか?」
そんな言葉が鼓膜に触れ、熱い体温に手首を掴まれてハッと我を取り戻した。よくぞ帰還してくれた菅田 永琉。お帰り私。
視線を滑らせた先にあったのは、毛布から腕だけを伸ばして私の手首を掴まえている平野の手。華奢に見えるのに、しっかりと主張している指の関節に無意識に「男」を感じてしまう。やはり貴様、骨格ナチュラルだな?
おさまっていたはずの鼓動が、ドキリと音を立てた。ゆっくりと毛布から顔を出した平野の瞳が、私を見上げる。無駄に身長が高いこいつに物理的に見下ろされてばかりだったから、この角度で望む平野の表情が酷く新鮮だった。
「帰らないで欲しいって俺が我が儘を言ったら、聞いてくれますか?」
「ううん、無理。帰る」そう言おうと思って口を開いたはずなのに、ただ息を吸っただけで終わった。私が返事をするよりも先に相手が「傍に、いて。俺の傍に、いてよ先輩」そんな台詞を胸焼けを覚えるまでの甘い声で吐いたせいだった。
私は平野《こいつ》が大嫌いだ。生理的に受け付けない位、嫌悪しているはずなのだ。それなのに……。
「何で、居て欲しいわけ?」
「好きだから。」
「…っっ。」
「大好きな永琉先輩をもっと独り占めしたいから。それだけの理由です。」
「クソ我が儘。」
「うん、だから俺の我が儘って最初に言ったじゃないですか~「今回だけ。」」
「え?」
「あんたにこれ以上風邪拗らされるといよいよsucréの存続の危機だから、髙橋編集長の為にも今回だけはそのあんたの我が儘って奴を聞いてあげても良い。」
それなのに私は一体、今何を言っているんだ。テメェは正気か。
今からでも決して遅くはない一刻も早く前言撤回をして…「ふふっ、最高に嬉しい。やっぱり熱出して良かった、だってこんなに永琉先輩を独り占めでき…る…から。」
巡らせていた思考が平野の声に反応して停止した。やはり熱で身体は限界だったらしい。己の視界が次に捉えた光景は、私の手首をギュッと握ったまま変な態勢で眠りに落ちた平野の姿だった。