Melts in your mouth
「美味しいか分からないけど食欲あったら食べて。あと薬もちゃんと飲んで…「食べる!!!全部!!!絶対全部食べる!!!嬉しい…ありがとう永琉先輩。」」
大袈裟な奴。そう言いたかったけど言葉にできなかったのは、平野がホクホクとした笑みを咲かせて酷く喜んでいるせいだ。
目尻を下げてアスパラガスの豚バラ巻きを摘まみ食いした相手が「今まで食べてきたご飯の中で一番美味しい」なんて、恥ずかしい言葉を平然と落とす。
お世辞だと分かっていても心が擽ったくなるのは、こいつがピュアピュアな心で真正面から臆することなくぶつかってくるからだ。
そのせいで、得意の毒一つすら吐き捨てられない。
ただただ自らの心が激しく揺さぶられる感覚だけがする。
そんな己から目を背ける様に身体を反転させて床に視線を落とした。
「永琉先輩、仕事本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だって言ってんじゃん。たまには先輩を信じて任せろ。」
「当たり前信じてるに決まってるでしょ……ただ、純粋に永琉先輩の身体が壊れないか心配してるんです。」
「私、身体だけは頑丈だから心配すんな。」
「心配するに決まってるじゃん。……心配くらい、させてよ。」
「ねぇ、永琉先輩」耳元で溶ける言葉は大変に甘美だ。
知らない体温がくっ付く感覚が背中越しに伝わる。それから間もなくして私の腹に回された相手の腕が交差して強く身体を抱き締められた。左の肩だけが重みを感じる。平野が顎を乗せたからだと察するのに時間は必要なかった。
自分の心臓が騒がしい。耳障りなまでに音を鳴らしている。鼓膜が拾う平野の息遣いにじわじわと頬が熱を孕んでいく。
換気扇だけでは払い切れなかったらしい料理の匂いが充満しているキッチンは、私も平野も無言を暫く貫いたからなのだろうか、嫌に静かだった。
嗚呼どうか。どうか平野が何も言いませんように。そんな祈りを胸中で捧げる。
「先輩。」
人が祈ってる傍から喋んな馬鹿。こっちの都合も状況も知らないで開口すんな阿呆。
「…すき。」
お願いだからもうこれ以上は喋んないで。
「大好きです。」
“永琉先輩”
ほらな、こんな事を言われてしまったら私は…私は……—。