Melts in your mouth





「えーるせーんぱい♡」

「うわっ。」


己の身に起こってしまった「平野に恋をする」という名のバッドエンドルートと揶揄されても異論ない現実に耽っていると、視界いっぱいに甘美な顔が広がった。

説明をするまでもなく平野だった。パーソナルなディスタンスをここまで無視してズカズカと突入できるホモ・サピエンスは私の知る限りではこいつだけである。


とりあえず近い。離れろ。


不可抗力で高鳴る心臓の音が相手に聞こえてしまわないかと考えると、余計にバクバクと鼓動が早まっていく。



「うわって何ですかーうわって。まるで俺が妖怪みたいじゃーん、ぴえん。」

「鬱陶しさまでちゃんと復活しててワロタ。」

「ん、永琉先輩が夜通し看病してくれたおかげ。」

「……ご、誤解を生むような発言やめなさいよ。」



相手の顔に浮かぶ微笑に不意討ちを喰らい、途端にじわりと頬が熱を孕む。それを平野に気付かれたくなくて、視線を咄嗟に逸らした。切り替わった世界に映るのは、自分の家よりも長い時間を過ごしている魔の空間、sucréオフィス。

視界の端に捉えているのは、私と平野のやり取りに集団になってキャッキャウフフしているsucréメンバー。


おい、不要なチームプレーを発揮して綺麗な円を作るな。かごめかごめでもしてんのか?ただでさえ今週のタスク山盛りなんだからそんな暇あんなら仕事をやれ。かごめかごめ噂センターの中央ポジを陣取ってる髙橋編集長は特にやってくれ。



「きゃっ。」



朝っぱらから仕事に対するモチベだけは誰よりも低い編集長に泡を吹きそうになっていると、正面から突然伸びてきた手に両頬を捕われて、私の双眸が麗しい男の顔へと帰還した。



「…何。」

「俺を放置して違うところ見ないで下さい。」

「近い。」

「わざとだもん。久しぶりの永琉先輩をもっと見たいから。」

「……っっ。」

「あと、永琉先輩には俺のイケメンな顔だけ見てて欲しいから。」

「もう十分見た。」

「ふふっ、惚れてくれました?」



コテンと横に折れる平野の顔から溢れ出す色気と余裕が非常に不服で、手をぐっと出して己の掌で思い切り平野の顔面を覆い隠した。


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