Melts in your mouth
優し過ぎる男
「こんばんはいらっしゃい!お姉ちゃん一人?」
「はい。」
「あっちの四人席空いてるから座わんな!」
「ありがとうございます。あ、それから生一つ。」
「あいよ、生ね。了解。」
あのまま家にいても陰鬱な感情に殺されそうだと思い、近頃ずーっと私の頭と心に棲みついていやがる奴の存在を刹那的でも良いから忘れたくて、気づけば私は逃げる様に行きつけの居酒屋に入店していた。
しっかり手の込んでいる美味しいお通しとキンキンに冷えた生ビール。こんな時でもやはり最高な組み合わせである。
ゴクゴクと暑さを振り払うかの如くビールを流し込んで、出汁巻き卵と唐揚げとポテサラを注文した。どうせ後から絶対にパスタかご飯系のおつまみを頼むと分かっていても、「とりあえず」という便利な言葉で一旦注文にピリオドを打つ辺り、大人になっても私は全く学ばない人間である。
「はい、ポテサラと出汁巻き卵ね。唐揚げは今揚げてるから待ってね。」
「わ~美味しそう。」
「今日は人も少ないしゆっくりしていってね。いつもありがとう。」
「ありがとうございます、いただきます。」
テーブルにおつまみを運んで持っていたお盆を脇に抱えた店主の奥様は、実家に帰って来たんかと錯覚する程に柔らかい雰囲気と言葉を提供してくれる。何度このご夫妻に私は社畜のストレスを癒して貰ったか分からない。
しかもおつまみの味全てが美味しい。つまりは天国。
手を合わせて割り箸を割り、早速ポテサラを取って口に含んだまさにその瞬間だった。
「あれ、菅田?」
まさかの名前を呼ばれて反射的に視界を切り替えた先に、「やっぱ菅田だ」そう言って破顔したスーツ姿の山田がいた。