Melts in your mouth
脳裏に浮かぶのは、花が綻ぶかの如く笑みを咲かせている平野の顔。
あいつが何の為にsucré編集部に籍を置いているのかは、平野に興味と関心のない私には皆目見当が付かない。だがしかし、平野が油断ならない人間である事は間違いない。
上手く言葉で表現できない悪寒が背筋に走り、鳥肌の立った腕を擦っていると、スマホから鳴ったアラーム音がその場に響き渡った。
「あ、もうこんな時間か。」
「何でアラームセットしてんの?」
「今日これから漫画の持ち込みがあってさ、作家さんと会って話ながら原稿見る約束が入ってんの。山田が食事中に悪いけど、私そろそろ行くね。」
「菅田、今週の金曜の夜空いてる?」
「あーごめん、今週は結芽と呑みに行く約束入ってる。」
「結芽って草間のこと?」
「うん、まーた最近変なのに沼ってるらしい。去年までホストだったけど今は何に貢いでんのやら。」
「ハハッ、懐かしいな。草間も相変わらずかよ…それじゃあ仕方ないな、また今度誘うわ。」
「てか山田の手作り弁当食べたい。」
「全然良いけど?」
「え?…待って、冗談のつもりだった。」
「明後日の昼なら俺多分昼休み都合つけられるから、菅田の分も作ってくるよ。ここ集合で良い?」
「私は全然問題ないけど…山田忙しいのに本当に良いの?無理しなくて大丈夫だよ。」
「無理じゃないって。どうせ自分の作るついでだし、それに菅田とも話したいし?明後日の昼休み、楽しみしてる。」
ああもう…なんて良い奴なんだ山田!!!
口許に弧を描いて優しさに溢れている言葉を落とす相手に感動しつつも、時間がないので大急ぎでスマホやイヤホンや食事の際に出たゴミを片付ける。
まだ月曜日で萎え萎えの萎えだったけど、水曜日に山田の美味しいお手製弁当が食べられるならそれを楽しみに生きられそうだ。山田が同期で良かった!!!
近くにあったゴミ箱に空になったプラスチックのコップを捨ててその場を去ろうとした私の背中に、「菅田ー!」という山田の声が掛けられる。脊髄反射で振り返れば山田が箸を持った手をヒラヒラと泳がせた。
「明後日、忘れんなよ。」
「もち。楽しみにしてる。」
「仕事頑張れな。」
「ありがとう。」
温かい台詞についついこっちの頬も緩んでいく。次こそちゃんと踵を返した私は、sucré編集部が設けられているフロアへ駆け足で向かったのだった。