Melts in your mouth
大手出版会社の編集部。その中の月刊女性マンガ誌『sucré』の編集部署に私とあの男は配属されている。
春うららな季節も姿を消した五月初め。業務開始十五分前。正式に配属部署が決定した新入社員三名が、まだまだピカピカで綺麗なデスクに座って愉し気に会話に花を咲かせている。
「女性マンガ誌担当って言われた時はちょっとがっかりしちゃった。」
「私も~。ファッション系行く気満々だったけど、sucréの編集部に配属って言われた瞬間やる気出た。」
「分かる!!!それってやっぱり平野さん?」
「そうー!平野さんみたいなイケメンがいるなんてまーじ驚いた。」
「sucréに決まってから幾つか作品読んだけど、平野さんがどのヒーローよりもイケメンだよね。」
「それな~。」
「何やかんやで平野さんがいるsucréに決まった私達ってラッキーだよね。」
平野。平野。平野。平野。キャッキャウフフと声を上げている彼女達の口から何度も放たれる奴の名前に、普通に不愉快になってデスクに常備しているビターチョコレートを一粒取って包みを剥いた。
平野さんがどのヒーローよりもイケメンだよね~じゃねぇよ。あいつの何処が良いんだよ。sucréはあいつよりもイケメンなヒーローしかいねぇよ。
平野さんがいるsucréに決まった私達ってラッキーだよね~じゃねぇよ。あいつがいる事が何よりも不運だよ。
今にも顔を顰めたくなるけど、そんな顔を見られでもしたら敵しかできないから必死に堪える。たまには早く出社してみるかなんて思い立ったのが運の尽きだったのかもしれない。
始業前なのに不在のあの男の名前ばかりが飛び交うオフィスの居心地の悪さは私的に五つ星だった。